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【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『なにしてんの/surface』 前編 【連作短編】


「どうも皆さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』のお時間がやってまいりました。パーソナリティのポニーちゃんこと、馬堀万里子です。よろしくお願いします」

 今日は早々に話したいことがあったので、挨拶もそこそこにフリートークを始めることにする。

「なんだか、外に居ても不快にならないような気候に突然かわりましたよね? エアコンをつけた状態の気温というか、除湿をきちんとかけた空気というか……猛烈な酷暑が一気になりを潜めて、過ごしやすい気候になってくれたのは、私的には喜ばしいことです。皆さんはどうなんだろう?」

 昨日の夜なんて、エアコンなしで寝れるんじゃないか? と思った程だ。
 あの気候ならいくらでも外にいられる。そう思えた。
 願わくば、今日もそういう気候であってくれると嬉しいのですが……。

「そして、高校野球記念日の本日一つ目の『ご注文』は、横須賀市在住の『しいな』さんから。っていうか、ここ最近、横須賀からのメッセージ多いですね。この放送、一応全国規模でWebを通じて公開しているんだけどなぁ? まぁいっか」

彼らの行く末に関しては、私も気になっていたので、こうしてまたメッセージが来てくれるのは非常に嬉しい。
ディレクターもプロデューサーもそれは同じらしく、今回はこのメッセージを扱おうと言いだしたのは番組サイドからだった。

「『ぽにーちゃん、おはよう、こんにちは、こんばんは』」
「はい、しいなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは。いつもいつもありがとうごさいます!」
「『ポニーちゃんの応援のおかげで、気になる女の子と友達になることができました!』」
「おぉ!? 凄い! 頑張ったんですねぇ!!」
「『でも、悲しいことにその子は我がバンドのイケメンボーカルが好きなようで、現状僕は、良くも悪くも彼女の良き相談相手のポジションです』」
「ありゃりゃ……そういう話ってよくあるんだねぇ……私も昔経験あるし、最近の『ご注文』でもそんな話を紹介したもんね。でも、その立ち位置が一番難しいっていうのも分かるなぁ……悪い関係じゃないから壊したくないけど、かと言って進展させたいならその関係の崩壊も念頭に入れなきゃいけないし……結果的に動き出しにくくなっちゃよねぇ?」
「『なんだかんだ仲良くなれたので、今のままでもいいかとも思うのですが、やっぱり、恋の悩みに乗っているのはシンドくて……でも、かと言って何か決定的なことを言えば、この関係が終わってしまうのも分かるので……とか、言い訳ばかりして何も進められない状態ですなんです』」

「ねぇねぇ永谷、これ分かんない」
「ああ、それは、この値をそこの式に代入して……」
「だいにゅうってなんだっけ?」
「しまった、そこからか!?」

 なんだかんだ言って、僕はこうして吉晴さんから勉強のわからないところを相談されたり、

「永谷、シュージってさ……」

 こうして恋の悩みなどを相談してもらえる立場にはこぎつけることが出来た。
 初期の状況を考えれば、それこそ目覚しい進展だと言えるだろう。
 でも、かと言って、この状況が決して良い状況とは言えない。
 このままでは、僕は永遠に彼女にとって『良き友達』で、決して『恋人』にはなれないのだ。
 彼女は、僕の友達が好きな女の子。
 そして、僕は、そんな彼女が好きな男子高校生だ。
 どうにかしなければ、僕の恋心が成就することはない。
 けれど、どうにかしてしまったら、今のこの関係はなくなってしまうだろう。
 そう考えると、何かをする気にはなれなかった。
 例えば、彼女の憧れであるわが友秀治は、非常に女癖が悪い。
 一ヶ月の間に、三回も彼女を変えたり、二股三股を平気でやったりするやつだ。
 そういう情報を彼女に開示して、秀治の株を下げることはもしかしたら難しくないのかも知れない。
 でも、好きな相手のことを悪く言われて、気分のいい人はいないだろう。
 それが事実であっても、そういう風に言われるのは嫌だと思う。
 特に、彼女はそういうのを嫌うタイプだ。

 タイプ……そう、タイプだ。

 僕のこの、誰にも分け隔てなく、誰からも嫌われない『世渡り上手』なキャラクターも、僕がそういう『タイプ』だと周囲から思われているという話だろう。
 正直、僕はその周囲のイメージが、そろそろシンドかった。
『こういうこと、誰にでもしてるんでしょ?』と、彼女に言われたりするのもそうだが、面倒事を押し付けられたり、厄介事に引きずり込まれたりが、最近、以前より顕著になっている気がする。
 まぁ、そういうことを気にしていうから、それが目立って感じられてるのだろうけれど。
 でも、彼女との関係の進展を目指すのにも、この僕の『イメージ』は厄介だった。

 もういっそ、全部なかったことにして、一度孤独に、身軽になるのも悪くないのかな?
 そんな風にも思ったりするくらいに、僕の心境は混迷を極めているのだった。

「やっぱさ、永谷何か悩んでるだろ?」
「え? そんなことないよ」

 いつも通り、勉強を教えたあと、少し休憩がてらの雑談をしていると、不意に吉晴さんはそう言って僕を睨んだ。

「そんなことあるよ。永谷は気付いてないかも知れないけど、最近お前、ため息の数が尋常じゃないんだよ。もう、それで、身体の中の空気全部抜けるんじゃないかって思うくらいに」
「え? そこまで何度もため息ついてた? 僕が?」

 そう言われて驚いた。
 そんなたくさん溜息をついているつもりはなかったからだ。
 でも、確かに記憶を振り返ってみると、今日一日でも、かなりの数溜息をはいていたのを思い出せる。
 僕は思った以上の重症患者のようだ。
病名はもちろん『恋煩い』だ。なんだそれは、乙女か。

「あはは、確かにため息多いかも……でも、気にしないでいいよ。本当に大したことはないから」
「……そうか? なんかアタシで力になれることあったら言ってよ?」
「分かった。そのときはお言葉に甘えて頼らせてもらうよ」
「よし」

 彼女は僕の返答に満足そうにうなづいて、僕の席を離れていった。

「お前、本当に吉晴さんと付き合ってないのかよ?」
「何度目だよ、それ? 付き合ってないよ。付き合ってたら、こんな風に悩んでないよ……」
「ん? なんだって?」
「なんでもないですよぉー」

 吉晴さんが僕の席を離れると同時に、近くの席の友人が僕に話しかけてきた。

「いやだってさ、普段怖いくらいの不機嫌そうな顔でいる彼女が、お前と話してるときだけ、あんなに楽しそうに笑ってるんだぜ? もう、傍目にはほぼほぼカップルにしか見えないって」
「お前の言ってることが本当なら、俺も嬉しい限りだけどさ……吉晴さん、好きな奴いるんだぜ? 残念ながら僕はその相談役だよ……平和だろ?」
「……うわぁ……マジか。そういうルートか……それはしんどいな」

 最初こそからかいに来ていた友人も、僕の現状を知って、同情するように僕の肩に手を置いた。

「いや、まぁ……そうだな。しんどいっちゃしんどい。でも、こうして仲良く話せているし、この関係を壊すのも……散々相談にものってきちゃったし、『今更』ねぇ?」

 苦笑いとともに、僕が友人にそう言うと、友人は意外そうな顔でこういった。

「いや、『今更』とか関係なくね? 見た感じだけど、見てる限りじゃ、恋人同士にすら見えるんだし、吉晴もお前のこと結構信頼してるだろ、多分。それって、結構強固な友情だと思うぞ? だったら、仮に少しお前が踏み出しても、多分あっちは受け入れてくれるんじゃね?」
「でもさ、好きだとか言ったら、全部台無しになっちゃわねぇかな?」
「……今お前、さらっと核心言いやがったな……まぁ、いいけどさ。ってか、いきなり『好き』は流石にあれだろ。少しずつでいいから、お前のことをきちんと『男だ』って思ってもらえるように、さりげなくアピってみるとかさ? やりようはいくらでもあると思うぞ?」

 その通り過ぎて、言葉もなかった。。

「お前、頭悪くないのに、そういうときの盲目っぷりはすごいのな……まぁ、それだけ吉晴のことが好きだってことなんだろうけどさ」

 普段は抜けてることが多いこの友人、いや、流石に友人はひどいか、松岡光一は中学時代からの腐れ縁だ。
 面倒くさいことに、僕のことをよく理解してくれている。

「とにかくさ、なんでもいいから、何か始めてみろよ。その反動次第で、次の動きを決めればいいさ」

 確かに、何もせず、悶々と考えていても、思考は堂々巡りで先に進まず、『上手くいかないイメージ』しか思い浮かばなくなってしまっているのかも知れない。
 だとすれば、『Don’t think, feel』というやつなのかも。

「ありがとな、光一。ちょっと、何か頑張ってみるわ」
「おう、頑張れ」

 松岡のアドバイスを糧に、僕は少しだけ頑張ってみようという気にはなっていた。
 まぁ、ただ、何をしたらいいのかは皆目検討がつかず、結果、この状況を打破する策が思いつかずにいるわけだが……。
 なんだろうか、キーワードは『意識されること』なのだろうか。

「だとしたら、どんなことをしたら意識してもらえるのだろう?」

 結構真剣に、部活終わりに運動部棟のシャワー室でシャワーを浴びながら考えたのだが、良い案は浮かばなかった。

「『という訳で、友人の言うように彼女に意識してもらうにはどうしたらいいかを考えているのですが、全く答えが定まらないので、ポニーちゃんの意見を聞かせてください』」
「うおぉ! ナイス! 『しいな』さんの友人さんは、いいこと言ったよ!! おっと、取り乱しました、すみません。でも、そうなんだよね。考えてるだけじゃ何も変えられないから、何かをしなきゃなんだよね」

 悶々としている彼を叱咤激励する流れかと思っていたら、その役割は、『しいな』さんの友達がしっかり担ってくれているようだった。
 私は、『彼女に意識してもらうにはどうするか?』という議題に対する返答が求められている。
 ……が、正直、私もその手のネタには弱かったりする。
 こちとら、何年間も片思いを続けている、片思いのプロフェッショナルなのだ。
 意識される技術があれば、今頃私は片思いなんてしていないだろう。
 なので、困った。非常に困った。

「うーん、友人さんの言う通りだと私も思うなぁ……『今更』ってことはないと思うし。いきなり『告白』っていうのも極端だと思う。だから、例えば、一緒に遊びに行こうって誘ってみたり、なんか少しアピールの仕方を変えてみるのがいいんじゃないかな? ……ごめんね、ポニーちゃんも恋愛は正直な話得意な方ではないので、ちゃんとしたアドバイスになっているかどうか心配なんだけど……」

 情けないことに、そんな言い訳をしながら、私は『しいな』さんにアドバイスをしてみる。
 重ねて言うが、私は片思いのプロだ。
そんな私が、どの面下げて『しいな』さんにアドバイスしているのだ? と思わなくもないが、搾り出すように出せたのは、『デードに誘ってみる』だった。
これってどうなのだろうか? 正解なのかな? 不正解なのかな?
その辺りは、全くわからない。
分からないけど……

「ちゃんとしたアドバイスができているかどうかわからないようなダメパーソナリティの言葉より、そんな『しいな』さんにぴったりかも知れない曲を用意したので聞いてください。モヤモヤしているあなたの背中を叩いてくれる応援歌、surfaceさんで『なにしてんの』です。どうぞ」

 再生ボタンに祈りを込めて押す。
 どうか、『しいな』さんの恋がうまくいきますように……。
 若干陰鬱なコーラスから始まるこの曲が、『しいな』さんの背中を力いっぱい押してくれることを願って。

つづく

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