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【短編】届いた手紙のその後に。【今日は何の日 : 0723 文月のふみの日】


『この手紙を読んでいるころには、
 私はもうあなたの前にはいないのでしょね……』

 俺は、ポストに入っていた手紙の書き出しの一文を読んで、思わず息を飲んだ。
 まさか、こんなテンプレな手紙を受け取ることになるなんて、思いもしなかったからだ。

『思えば、あなたとは腐れ縁だったわね。
 幼稚園の頃からの付き合いだから、もうそれこそ二十年来の付き合いよ。
 そんなあなたに、こんな手紙を書くことになるなんて、
 人生って本当に、何が起こるかわからないものね……』

 手紙の差出人は、幼馴染だ。
 言われて思い返せば、確かにもうそれだけの付き合いになる。
 これまで、何度も喧嘩もしたし、絶交もした。
 そして、その度に仲直りをしてきたものだ。
 二十年か……お互いもう成人もしているのに、いまだどちらも結婚が出来てない。
 周囲はよく『お前らはもう結婚しろよ』なんて言っていたけれど、
 俺たち自身にその気がなかったので、そうなることは決してなかった。
 しかし、このつかず離れずの相手がいたせいで、新たな出会いに恵まれず、
 ここまでお互いに独り身で来てしまった感は否めない。
 本当に、文字通り『腐れ縁』というやつなのだろう。

『覚えてる? あれは確か、高校のとき……
 何度目かわからない大げんかをして、
 何度目かわからない絶交をしたときのことよ。
 あなたは、今度こそもう、仲直りはあり得ないって言って、
 携帯を買い替えて、番号もメアドも変えて、
 私との連絡をすべて絶ったでしょ?
 結局、あのときも、なんだかんだあって、仲直りしたけれど、
 あれが一番長い、疎遠だった時期だったと思うのよ。
 どうかしら?』

 これも、言われて思い出した。
 そうだったそうだった。
 理由は些細なことだったはずだ。もう、それは忘れてしまった。
 でも、俺は、そんな風に思い立って、連絡をすべて絶って、こいつとの絶縁を誓ったのだ。
 それが最長だったろうか? 確かに、かなり長いこと連絡を絶っていた気がするが……

『わかっているかしら?
 今回、それに匹敵する長さで、あなたは私への連絡が途絶えていたのよ……
 だからこそ、こんな手紙を書く羽目になったのだから、
 そこのところをきちんと、分かっていて欲しいものだわ』

 そうだったか?
 と考えてみて、確かに今回も、かなり長いことやり取りをしていなかったことに気付く。
 なるほど、珍しく手紙なんてものが届いたのは、そういった経緯もあったのかと一人意味もなく感心した。
 仕事が忙しかったのと、妹の結婚式やらでバタバタしてしまい、かれこれ一か月ほど音信が途絶えていた。こいつとの連絡を一か月していなかったというのは、確かに驚きの期間だった。

『喧嘩をしたわけでもないのに、これだけ間をあけるなんてね……
 最初は何かあったんじゃないかって心配もしたけれど、
 妹ちゃんに聞いたら、ピンシャンしているっていうから、
 なんだか連絡がないことが腹立たしくなって……
 こっちから連絡するものかって意地になっていたら、
 アッと今に一か月だもの……参ってしまうわね』

 こんな調子で、手紙はとうとう二枚目に突入した。
 俺は、滴る汗をぬぐいながら、手紙の続きに目を走らせる。

『あなたのことだから、そろそろこのだらだらと続く手紙に疲れて来た頃かしら?
 でも、残念ながら、まだ少し、この手紙は続くので、
 お気の毒にと、先に伝えておくことにするわね。
 むしろ、これでまだ半分程度なんだから、覚悟しておくといいわ』

 もはや、手紙を読んでいるというよりは、
 手紙に書かれている文字を通じて、脳内でコイツの言葉が再生されている感じだ。
 確かに、コイツはここにいないが、まるでここにいるみたいな錯覚に陥る。
 まさか、コイツにこんな文才があったとは思いもよらなかった。

『ここ一ヶ月、全然やりとりをできなかったから、
 今ここで、一気にやってしまうわね。』

『なんだかものすごい速度で梅雨が終わったけれど、この先日本はどうなるのかしら?』
「ご覧の有様だよ」

『梅雨が終わったというのに、早速大雨とか、どうなっているわけ?』
「それは俺も思ったが、むしろ最速で終わった梅雨がフラグだったとしか思えん」

『地震に大雨に大忙しね。日本は私たしをどうしたいのかしら?』
「強くなって欲しいんじゃないか?」

『連日続くこの暑さはどうなっているの?』
「それは、俺も聞きたいよ」

『あなたは、元気なの? 身体は壊してないの?』
「元気だ。この暑さで参りそうになりながら、なんとか元気に仕事をしてるよ」

『そう、元気なのはいいことね』

 あいつのことだ、恐らく俺がどんな返事をするかなんて、もうこの手紙を書いている時点で分かっているのだろう。
 そんなやりとりをしているうちに、手紙は三枚目に突入する。
 予告通りの超大作だ。

『さて、流石に書いている私の方も、この手紙に飽きてきたので本題よ。
 そろそろあなたも、結局この手紙は何なんだ? と思っているでしょうしね。

 書き出しで思わせぶりなことを書いたけど、
 お察しの通り、私は元気よ。
 せっかく、こういう手紙を書くのだから、テンプレをやってみたかったの。
 もし、万が一、私のことを心配してしまっていたなら謝るわ。
 悪ふざけが過ぎました、ごめんなさい。
 なので、本題は別。
 
 この一ヶ月、あなたとの連絡が途絶えて思ったの。
 だから、単刀直入にお願いするわね。

 四枚目の手紙に、付箋でお願いを貼っておいたから。
 よろしくね』

 唐突に手紙は三枚目で終わりを告げた。
 そして、めくった四枚目。

 俺は流石に、吹き出した。

「あははははっ!? まさかそう来るとは思わなかったぞ!!」

 四枚目の紙は、便箋ではなかった。
 少し薄手の上質紙に印刷された記入欄。
 そして、貼られた付箋に書かれていたお願いはこうだ。

『結婚しましょう。愛しているわ』

 四枚目の紙……婚姻届には、もうコイツのサインとともに、必要記載事項は全て埋まっている。
 ご丁寧に、うちの父の承認サインまで。
 あとは、俺が記入して捺印したら、すぐにでも届けられる万全の形だった。

「ああ、畜生……もちろんだよ。俺も愛してるからな」

 すぐさま書類に記入して、そのままの足でコイツの元に届けに行きたいところだが、残念ながら仕事中だ。
 それでも、いてもたってもいられなくなった俺は、携帯を手に、急いでトイレに飛び込むのだった。

 第一声に伝える言葉は決まっていた。

 俺は、電話の向こうのコイツの顔を思い浮かべて、思わず笑みが溢れるのだった。


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