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【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『ジレンマ/surface』 後編 【連作短編】


 他県より、うちの県が夏休みが短いのは、比較的涼しいからだそうだけれど、今年はうちの県も結構暑いのに、夏休みはいつも通りなのが少しだけ納得がいかない。
 今日がパイナップルの日だという母の勧めで、今朝はパインを食べて来たけれど、心のモヤモヤは晴れてくれなかった。
 まぁ、その短い夏休みのお陰でそれほど長く吉晴さんと会えないということにならないのは嬉しいのだが……。
 最近は彼女とのことも悩みの種の一つなので、複雑な心境にならざるを得ない。
 相変わらず、彼女は秀治に熱を上げているようだし。
 それでいて、僕のことも気にかけてくれているみたいなので、僕の気持ちはぐちゃぐちゃだった。

「ライブ、超格好良かった!」
「あはは、秀治が、でしょ?」

 夏休み中に行った、僕達のバンドのライブには、珍しく彼女も来てくれた。
 けれど、彼女のその言葉が指しているのが、僕じゃないことくらい僕には十分に分かっている。

「シュージはもちろんだけど、永谷もだよ。やっぱ凄いよね……ファンがいて、それがキャーキャー言ってるんだもん……」
「まぁ、その声援の大半は秀治に向けられたものだけどね」
「……どしたん、永谷? 今日はめっちゃ『秀治』連呼するじゃん?」
「ああ、ごめん。あれだよ、モテない男の僻みだよ。あはは」
「永谷もそう言うのあるの? なんか意外」

 自分に言い聞かせるつもりで、秀治を強調し過ぎた。
 吉晴さんが、心配そうに僕の顔を覗き込む。
 これは、ある意味チャンスかも知れない。

『それは、君のことが好きだから』

 そう言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。
 考えて、すぐに彼女の困った顔が浮かんだ。
 だから、僕はその言葉を飲み込む。
 そんな場面が、何度かあった。
 思ったことを、相手に伝えられないことって、実は今までそんなになかったのに。
 大抵は、オブラートに包んで、相手を傷付けないように遠回しに伝えるのが僕のスタイルだったのに。
 こと、彼女に対してだけは、その結果彼女に嫌われるとか、彼女を困らせると思うと、どんな言葉にしても、それを伝えることができなかった。
 思った以上の臆病さに、僕自身が驚いているくらいだ。

「いや、これでも男の子とですし? やっぱり、秀治みたいなモテ男には嫉妬も感じるよ。人間だもの」
「みつをかよ! 古いし! あはは」
「それよりさ、夏休みの課題は全部終わったの?」
「……あははは……いやぁ、実はですねぇ……」
「じゃあ、学食でなんか奢ってくれるならいいよ?」
「アタシ、まだなにも言ってなくね?」
「写させて欲しいんじゃないの?」
「ほしいです……」

 なので、結局今日も、適当な冗談を織り交ぜて、うやむやのうちに別の話題に話の矛先をすりかえる僕だった。
 大事なことは、いつまでたっても言えない。
 フラれることは、分かっているから。
 友達を好きな女の子との関係が、こんなにも胸が痛いものなのだということを、僕は初めて知った。
 たまに、周りに勧められて読む少女漫画にも、こうした似たような境遇があるが、こういう気持なのかと腑に落ちた。
 これからは、もう少し主人公達に感情移入して読めそうだ。
 そして、フラれるということは、即ち、この関係の終わりだ。
 だから、どうしても、僕は彼女に『好きだ』と伝えられなかった。

「いやぁ、ホント、ありがとね! これでなんとか提出できそうだわ」
「学食、忘れないでよ?」
「分かってるって! じゃ、アタシこの後みんなでカラオケだから!」
「うん」

 宿題を写し終えて、席を立つ彼女に、『もう少しそばにいて欲しい』なんて、言えるわけもなく、
 僕は、笑顔で、

「また明日!」
「おうさ! またねー!!」

 そう言って彼女を見送るのだった。
 胸が、チクリと痛む。
 でも、仕方がない。
 何か、そういう類の言葉を口にしたら、この関係は終わってしまうと思うから。
 それならば、僕はこの気持を全力で押し殺してでも、今のこの関係を守りたいのだ。
 彼女と、笑顔で話せる、この距離感が尊いから。
 本当に、自分の臆病さには呆れる。
 こうして、痛む胸を見ないふりをして、笑顔を作る自分の弱さに呆れる。
 臆病で、勇気の足りない僕には、今はそれが精一杯だった。


「『臆病な僕に、勇気を持てるような一言をお願いします!』」

 最早、この番組の常連となっている『しいな』さんの『ご注文』を読んで、私が真っ先に思ったのは、同じWebラジオのリスナーなのだろうに、どうして彼らは気付かないのだろうか? というものだった。
 けれど、そもそも、『しいな』さんと『きちはれ』さんがそういう関係だと決めつけているのは私だけで、きっと本当は二人とも、全く別の誰かで、それぞれが別の場所、別の誰かのことを相談しているのだろう。
 仮に、私の想像通りだったとしても、まさか、お互いが同じWebラジオを聴いているとは思わないだろうし……。
『ああ、自分と似たような境遇の人っているんだな』というくらいのテンションで聞いている可能性もある。
 何というか、どのパターンだとしても、もどかしい気持ちが大きくなるのは変わりなかった。

「うーん……それって臆病なのかな? って思っちゃうかも。私も経験あるんですよね、そういう、本当の気持ちが言えなかったことって……私の場合は、好きだった人にもう、ちゃんと素敵な彼女がいて、それでも好きで……みたいな状況だったから、『しいな』さんとはちょっとだけ違うかもですけど……でも、それって臆病だから言えないっていうのも確かにあるけど、『相手を困らせたくない』っていう気持ちもあると思うんですよ。だから、一概に『臆病ものだ』って言うのは違うかなぁとか?」

 パーソナリティとしての正解がいまいちわからない。
 だから、上手く言葉がまとまらないけれど、私は自分の考える限りの言葉を、ラジオにのせて『しいな』さんに伝えようと試みる。

「でも、そですね。勇気を……ってことなら、何だろう? 一線を越えて、友情を踏み越えて、その先へ……そう思うなら、まず、覚悟をしなきゃダメですよ。今のままを維持できないのは当たり前だし、上手くいかないことだって勿論あるし、仮に上手くいっても、今みたいにはできないと思いますし……そんな諸々をキチンと考えて、それでも先に進みたい。そう思えるのであれば、当たって砕けて、また私に『ご注文』を下さればいいです。だから、よく考えて、どうしたいか自分の心に相談して、それで決めて下さい。私は、頑張る『しいな』さんを、応援してます。頑張って!!」

 そう言って、今日も最後の『ご注文』となった『しいな』さんへのメッセージも込めて、この一曲をお送りすることにした。

「それじゃあ、最後に、頑張る『しいな』さんに、先週にこのナンバーをお送りして、今週も終わりたいと思います。今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。お送りするラストナンバーは、surfaceで、友情と恋愛感情の間に揺れる思いを歌った名曲『ジレンマ』です。どうぞ」

 再生ボタンを押すと、イントロのコーラスが流れ出す。
 英詩でつづられた、狂おしい恋心が、『しいな』さんの気持ちを代弁しているようだ。
 歌が始まる前に、私はお決まりの挨拶をして、番組を閉じる。
 どうか、この曲だ『しいな』さんに共感と勇気を与えられますように。
 そんな願いを込めながら。

「それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、バイバイ、バイバイ、バイバイ!!」

[EDテーマ曲:『ジレンマ/surface』 是非聞いて欲しいです!]


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