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【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『ジレンマ/surface』 前編 【連作短編】


「はい、皆さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』のお時間がやってまいりました。パーソナリティのポニーちゃんこと、馬堀万里子です。よろしくお願いします」

 最近、ネットのアクセス解析で、この番組の視聴者が多いのは深夜帯だということがわかったので、挨拶を『皆さん、こんばんは』に変えてはどうかとプロデューサーに聞いたところ、「既に『おはようございます、こんにちは、こんばんは』で定着してるんだからこのままでいいでしょ?」と言われました。
 この挨拶、思いの外リスナーの皆さんが気に入っているのか、それともスタッフの皆さんが気に入っているのか……どちらにしても、このままで行くのであれば、そろそろ私もこの挨拶を受け入れる必要があるのだろうな。

「暑い日が続いていますねぇ……そろそろ残暑という時期のはずなんですけど、まだまだ暑さは本番って感じが抜けきらなくて困ります。そういえば、昨日は久々に両親と会って外食をしたんですが、お肉のお寿司がすっごく美味しかったですよ。回転寿司で食べるお肉のお寿司と違って、すごくいいお肉だったからなんでしょうけど、口の中で溶けてすぐなくなっちゃうんですけど、美味しさだけはそのあとも口の中に広がって……また食べたいなぁ……」

 新宿にあった雪洞というお店だったんだんだけど、なんて読むんだったかなぁ?
 美味しかったので、今度ラジオの打ち上げとかで使って欲しい。
 そこそこなお値段だったので、自分で行くにはちょっとお高いのです。
前回の反省を活かして、このまま最初の『ご注文』に進むとしよう。

「さてさて、それでは、本日最初の『ご注文』は、横須賀市在住 きちはれさんから!」

 にやけそうになるのを必死にこらえる。
 というのも、実はこの『きちはれ』さんは、どうも以前紹介した『ご注文』の関係者のようなのだ。

「『ぽにーちゃん、おはよう、こんちには、こんばんはー!』」
「はい、きちはれさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは!」

 試しに元気いっぱいにいつもの挨拶を言ってみる。
 確かに、テンポも悪くないし、悪い挨拶ではないのかも知れない。

「『アタシは高二の女子高生でーす!』」
「うわぁ、女子高生! なつかしぃなぁ……私もそういう時期あったんですよ? って当たり前か……」
「『アタシはなんていうか、ギャルなんですけど、最近べんきょーも頑張らないけやばいんじゃね? っと思い始めて……でも、そういう真面目系って周りの子から“いい子ちゃんぶってる”って思われるかなぁ? とか思って、マジどうしよーって悩んでたんですよぉ』」
「ああ、あるよねぇ……周りにヘンなふうに思われるのって嫌だもんねぇ……だから、自分の思ってることと違っても、ついつい、周りに合わせちゃったりするのって、私もよくあったなぁ……」

 そう、お気付きの方もいるかも知れないが、そうなのだ。
 先日の『しいな』さんの話に出てきた女の子の話に、この『きちはれ』さんの話は酷似しているのである。
 もちろん、実によくある話なので、この『きちはれ』さんがあの話の女の子である証拠はどこにもない。
 でも、もし、そうだったら、なんかちょっと素敵じゃない? とか思って、今日の『ご注文』をこのメールに決めたのである。

「『でもぉ、周りは全然そういうの考えてないし、だから、そういうこと相談もできなし……そしたら、なんか、クラスの人気者が、突然私に話しかけてきてぇ――』」

 そのあとの展開も、やはり『しいな』さんの話によく似ていた。
 だから、きっと、この話は、彼の物語のその後なのだ。
 少なくとも私は、勝手にそう思って、メールを読むのを続けるのだった。

「『ソイツ、もう、なんかただただイイ奴で。アタシあんまし男友達とかできたことなかったんだけど、なんとなく、ソイツなら友達になれそぉっていうか? なんか信頼出来る気がしてて……今まで周りの友達に出来なかった、真面目な話とか相談したら、ちゃんと考えて答えてくれそぉな気がするんですよね……』」


 ギャルに憧れたのは、ギャルと呼ばれる彼女達が、周囲から悪く言われているのを承知で、それでもそのスタイルを貫き通すところが、格好いいと思ったからだ。
 高校生になって、そういうギャルのグループに身を置いて感じるのは、その『スタイルを貫き通すこと』が、すごく難しいということだった。
 センセ達の視線は冷ややかだし、周囲の同級生たちからも、少し距離を置かれているのが分かるし。
 男子も、チャラい系の奴らは絡んでくるけど、真面目よりの奴らは、完全にこちらを避けてくるし。
 電車やバスに乗っても、何をしたわけでもないのに、ただいるだけでちょっと迷惑そうな空気を感じるし……。
 世の多くのギャルと呼ばれる人たちが、世間様に悪いイメージを与えてしまっているのも、その原因の一つだとは思うけど、それ以上に、世間の人たちのギャルに対する偏見が一番の原因だって私は最近思うのだ。

「全く、こんな問題もわからないのか、お前は……」
「うぅ……サーセン……」

 最近、真面目に授業に参加するようにしているのだが、どのセンセも私にはすごく厳しい。
 私的には真面目に受けているつもりなのだが、センセにはそう見えないらしく、必ずと言っていいほど、

「真面目に授業を受けなさい!」

 と怒鳴られてしまうのだ。
 こっちは真面目にやってるのに、ほんとにイミフだ。

「ねぇ、永谷? なんでアタシは真面目にじゅぎょーうけてるのに、『真面目にやれ』って怒られるんだろ? 嫌がらせ? 贔屓的な?」

 あまりに理不尽なので、放課後永谷に聞いてみた。
 最近は、べんきょーでわからないことがあると、永谷に聞いているので、その延長のような感じだ。

「うーん……吉晴さん的には『真面目』にやってるんだろうけど、僕の目から見ても、吉晴さんの授業態度は『真面目』には見えないかなぁ?」
「えぇー!? なんでさ? こんなに頑張って、寝ないで、騒がないでじゅぎょーうけてるのに?」
「あはは、うん。その言葉で大体察しがついた。多分、吉晴さんの考える『真面目』と、先生が考える『真面目』がずれてるんだと思うよ?」

 永谷の説明はわかりやすい。
 永谷がセンセだったらいいのにと、よく思う。永谷センセ……似合う気もするし。

「ズレてるって、どゆこと?」
「うーん……吉晴さんは、『寝ないで、静かに授業を受ける』ことを『真面目』だと思ってるよね?」
「うん、超真面目」
「でも、先生にとっては、それは『当たり前』であって、『真面目』だとは思わないんだよ」
「マジか……」
「先生が考える『真面目』な生徒は、先生の話を注意深く聞いて、質問について真剣に考えて、分からないなら分からないなりに答えを出そうと努力する……そんな生徒なんだと思う」
「超ゆーとーせーじゃん、ソイツ!!」
「そうだね、優等生……そういう生徒を、先生は『真面目』だって考えてるんだと思う。だから、ただ『起きて授業を受けている』だけの吉晴さんが、『わかりませーん』とか『知りませーん』とか言ってるのを見て、先生は『何も考えない不真面目な生徒』って思ったんじゃないかな?」
「うへぇ……寝ないで、黙って授業受けてるだけじゃダメなのか……シンド……」

 でも、永谷のいうことは分かった。
 確かに、教室の大半が、じゅぎょーを受けるときに、起きているし黙っている。
 それが『当たり前』なのだ。
 そして、みんなの当たり前をやっているだけの自分が、『頑張ている』と思われないのも分かる。
 私でも、そんなんふつーじゃんと思う。

「色々頑張らなきゃなんだろうけど、まずは、言葉遣いから気をつけてみたら? 分からないときは『すみません、わかりません』、質問の意味がよく分からないときは、『すみません、それってどういう意味ですか』……こんな風に、小さな謝罪をいれて、きちんと答えてみるといいよ」
「えぇーめんどい……」
「でも、きっと、そういう風にしていけば、先生たちの印象も変わってくると思うよ?」
「うぅ……怒られなくなるかなぁ?」
「なるかもね?」
「……うぅ……しょーじんしてみる」
「うん、頑張って」
「あ、あとさ、今日の数学のやつでわかんないのあるんだけど……」
「どれどれ、みしてみ?」

 こうして、放課後の数十分、永谷が部活に行くまでの時間、私は永谷に勉強を教わっているのだった。

「永谷、マジ教えんのうまいよね? センセになれば?」
「あはは、光栄だけど、僕は学校の先生には興味ないなぁ……」
「まぁ、きょーみないんじゃ仕方ないけどさ……似合ってんのになって思っただけ」
「そっか、ありがとう」
「どーいたしまして!」

 まだ数日だけど、こうして永谷に勉強を教わるのが、結構好きになっている私がいた。
 こいつは、私をバカにしないし、何にでも真面目に答えてくれる。
 だから、信頼できる。そう思った。

 あれから、嬉しいことに吉晴さんはことあるごとに僕のところに質問に来てくれるようになった。
 授業のこと、先生のこと、友達のこと。
 さしずめ、良き相談相手という立ち位置に、今の僕はあるらしい。
 少なくとも、毎回のようにあっかんべーをされていた頃と比べれば、大分友達らしい関係には進展できたと思う。ポニーちゃんの言う通り、この関係はどこからどう見ても『友達』だろう。
 だから、嬉しい。
 嬉しいはずなのに、どうしてか、時折、そんな彼女との関係に対して、イラつきを覚える瞬間が生じるようになった。
 理由は、まぁ、わかっているのだが。

「ねぇ、永谷? やっぱり、シュージってギャルとか嫌いなのかなぁ?」

 吉晴さんの言う『シュージ』というのは、もちろんウチのバンドのボーカル君島秀治のことだ。
 学年一のイケメンで、バンドのボーカルだ。学年の女子の大半は彼のことを好きだというが、ご多分に洩れず、吉晴さんもやっぱり秀治のファンだった。
 そして、こうして仲良くなった僕が、同じ軽音部で、同じバンドのメンバーなのだとなれば、この手の質問やら相談も必然だ。

「いや、秀治とは、あんまりそういう話しないからなぁ……」
「ごめんな、永谷? きっとこういう話いろんな女子からされてるんでしょ?」
「あはは……そうだね」

 そうだ。
 僕の交友関係は広い。女子とも分け隔てなく話している。
 だから、この手の相談にも慣れっこのはずなのに……。

「なんか、永谷は、ほかの誰よりも話しやすいっていうかさ……相談しやすいから……だから、ごめんな」
「いいよ、そう言って貰えて、光栄だしね」
「っ!! お前って、本当にいい奴だよな!! 神だよな!!」
「神ではないよ……でもまぁ、今度、それとなく『ギャルってどう思う?』とか聞いてみるよ」
「おぉ!! ありがと、永谷!!」

 彼女から、そうやって秀治のことを相談されると、心の隅っこがどうしようもなくモヤモヤするのだ。
 最早、認めなければならないだろう。
 つまりは、ヤキモチ。ジェラシーだ。

 僕は、吉晴さんが好きなのだ。
 だから、彼女の『恋の悩み』を受けて、こんなにもモヤモヤしているのだろう。


「『だから、たまにソイツが苦しそうな顔をしてることがあって……いつも相談に乗ってもらってるし、アタシもソイツの相談に乗ったり、力になりたいって思うんだけど、ソイツ“大丈夫だから”って笑ってごまかすし……なんか、そのときだけはよそよそしくて……ポニーちゃん、アタシ、なんかアイツに嫌われるようなことしたんかなぁ?』」

 うわぁ……。
 私は決して口には出さず、心の中で盛大にそういった。
 こじらせてる! 盛大にこじらせてる!
 この『きちはれ』さんは、どうやらかなりの鈍感さんらしい。
 そして、『ソイツ』さんは、どう考えても、この『きちはれ』さんのことが好きだ。
 だから、『きちはれ』さんが『恋の悩み』なんて相談するから、不機嫌になるのだ。
 それに気付ない『きちはれ』さんの、なんと尊いことか……。
 銀シャリがすすみそうなこの状況、私としては傍観していたい気持ちでいっぱいになるが、困ったことに、パーソナリティーとして何らかのコメントをしなければならない。
 さて、どうするか。

「多分、それは別に『きちはれ』さんがその人に嫌われたってことはないと思うなぁ。でも、『きちはれ』さんが気付いてあげないといけないことがあると思う。それが何かは、きっと私から伝えることじゃないから、言わないけど……うーん、もっともっと、その人のことをよく見てあげて、その人のことを考えてあげれば、『きちはれ』さんにも何かわかるんじゃないかなって思うよ」

 言っているこっちがもどかしい。
 もっとダイレクトに伝えることもできるけど、それはやっぱり違うと思うし……。
 色々な思惑があって、結局のところ、中身のないようなふんわりしたコメントをしてしまった私は、パーソナリティとしてどうなのだろう?
 そんな疑問を抱きつつ、私は最後に、『きちはれ』さんにも、『しいな』さんとのときと同じように、「頑張ってね! 応援してるよ!! どうなったかまた教えてね!!」とラジオ越しに声援を送った。
 口調が馴れ馴れしいのは、相手が女の子だからだ。

 はてさてどうなるか……
 再び彼女から『ご注文』が来る日を、私は待つしかないのだけれど……

 つづく

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