【短編】LINEではなくメールで送るメッセージ【今日は何の日 : 0713 ナイスの日・日本標準時制定記念日】
「お兄ちゃん、時かけしたい!」
「……どうした? 今日は一段とどうかしているな。何かやり直したいことでもできたのか?」
朝、唐突に妹は妙なことを言い出した。
こいつがおかしいのはいつものことではあるのだが、相変わらずの脈絡のなさに、戸惑いを隠せない俺だった。
「今日は『ナイスの日』でしょ? 『時かけ』の最初も『ナイスの日』だったじゃん? だから、時かけ出来ないかなって」
「ん? ああ、そうか、今日は『な(7)い(1)す(3)の日』なのか……」
ネットのサイトで調べると、今日は『ナイスの日』だということが分かった。
そして、つい先日AmazonのなんちゃらTVで見た『時をかける少女』の冒頭で、そんな話が出ていたのを思い出す。
「無理だぞ妹よ。現実と虚構を綯交ぜにするのは良くない。どんなに望んでも、時を越えることはできない。過去は変えてはいけないんだって、鳳凰院先生も言ってたぞ?」
「でも、かの偉大なマッドサイエンティストも世界線によっては、『運命石の扉』を目指して過去を変えるじゃん?」
「っく!? 言うようになったな、妹よ」
「el・Ψ・コンコルド……」
「……若干間違ってるのが、本当にお前らしいよ……」
AmazonナンチャラTVの導入によって、すっかりオタッキーになってしまった妹だが、楽しそうなのでそれでもいいかと思って諦めている。
その話題にしっかりついていける俺も、大概だが……気にしたら負けだろう。
時をかける的なネタで、『時かけ』、『シュタゲ』の話題でひとしきり盛り上がっていると、当然時間は経過して、妹はそろそろ学校に向かわなければならない時間になる。
「さて、妹よ。そろそろ学校に向かわねばならない時間だが?」
「やば!? ほんとだ!! じゃあ、お兄ちゃん、私が帰ってくるまでに、電話レンジ(仮)作っておいてね!」
「無理だからな」
「よろしくね!!」
「無理だってばよ!!」
最後まで、『時かけ』への野望を捨てずに出かけていく妹に対して、俺は兄として期待に応えるべきかどうかを真剣に10秒ほど悩んでみたものの、現実的にまず不可能な要求だったので、速攻で諦めることにする。
「って、あいつ、弁当忘れてるじゃないか」
そして、机の上に残されたお弁当箱を見つけて、俺は慌てて出かける支度をすると、それをもって妹の後を追うように、急いで玄関を飛び出すのだった。
「ありがとう、お兄ちゃん!!」
「ああ、気をつけて行くんだぞ?」
なんとか追いついて、弁当を渡した後、妹は急いで電車に飛び乗って、学校を目指しすのだった。
「さて、まだ少し早いからなぁ……」
そして、俺はといえば、若干時間に余裕があるので、駅前のコンビニに立ち寄り、店内を物色することにする。
「なるほど。だから『時かけ』の冒頭は7月13日だったのかも知れないな……」
コンビニで特に面白いものを見つけられなかった俺は、駅のホームでスマホを使って『今日は何の日』かを検索した。
すると、『日本標準時制定記念日』であることが判明。
時間にまつわる、基準が制定された日である『7月13日』だからこそ、『時間を繰り返す』物語である『時かけ』の冒頭の日に選ばれたのかも知れないな……。
なんて、どうでもいいことを考えながら、電車を待つ俺は、一つ面白いことを思いついて、妹の携帯に、3通のメールを送ることにするのだった。
「ただいま、お兄ちゃん!」
「おかえり、妹よ」
「今日の夕飯は?」
「ん? お前がLINEを送って来たから、カレーはやめてクリームシチューにしたが? 違った方が良かったか?」
「う、ううん! クリームシチュー食べたかったんだぁー!! いやぁ、良かった良かった!!」
「……暑い日にカレーで汗をかくのがいいかなと思ったんだけどな……何が良かったんだが、全く謎だが……」
「いいからいいから!! 気にしないで!! カレーはまた、別の日にね!! ね?」
妹のわざとらしい演技に、吹き出しそうになるのを必死にこらえる。
「まぁ、この世界線のお兄ちゃんは知らないだろうけど、危ないところだったんだからね!」
「??? そうなのか。……現実と虚構の――」
「区別はきっちりついてるよ!! 失礼だなぁ……くふふ……」
謎のドヤ顔で語る妹。この珍妙な発言の裏には、俺が送った3通のメールがある。
メールの内容は以下の通りだ。
『件名:頼みがある
本文:
俺にLINEでカ』
『件名:無題
本文:
レーよりシチ』
『件名:無題
本文:
ュー!と送れ』
奇妙な内容に思われるかも知れないが、たったこれだけのメールで、妹はあのドヤ顔なのである。
恐らく彼女は、何らかの不可避の未来を、自分が俺にLINEをしたことで回避できたと思っているに違いない。
あの満足気なドヤ顔がその証拠だ。
俺はこの3通のメールを送ることで、朝出かけに妹が俺に投げた無茶ブリに、答えたといっても過言ではないだろう。
その後、妹は美味しそうにクリームシチューを食べたあと、3杯もおかわりして、俺とテレビでいくつかの動画を見たあと、満足そうに自分の部屋へと上がっていったのであった。
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