悪夢の中毒から抜け出させて人生を彩ってたのは難しいことじゃない日常|谷口賢志note
二十本目の日日是彩日になりました。
いつも覗いてくださりありがとうございます。
「スキ」と「サポート」ありがとうございます。
感謝を込めて。
ぶちまけますね。
パチスロ中毒から抜け出せた話。
明確な時期は覚えていないし、明確に思い出したくもない記憶だけど、おそらく二十代中盤から後半にかけての僕はパチスロ中毒だった。
早朝五、六時から店の前に並び、開店早々から打ち始め、運良く当たれば閉店まで、ダメなら帰って引きこもり。勝てば友達を誘って飲みに行き、負ければ勝った友達の金で飲みに行き、みんなで負ければ無言で一日を終えて、また翌日早朝から並ぶ。毎日とは言わないが、頻繁にそんな生活をしていた。
こっ酷く負けた日には、もうニ度と行かないと心に誓う。何度も何度も宣誓する。でも、朝が来ればソワソワし、十時になれば店の中にいた。
完全に中毒だった。
もう十数年、腰を据えてパチスロをしたことはない。年に一、ニ回あるかどうかの遊び打ちをする程度で、もちろんコロナ禍においては一度も行っていない。
しかも、パチスロが悪いわけじゃない。
大切な時間を、自分勝手に暇な時間へ変換して持て余し、その日を埋める為だけに楽して稼ぎたい。そんな甘ったれで腐った性根が全ての元凶だった。
当時、「暇な時間」と捉えドブに捨てていた時間を、何か有効に使えていればと今でもたまに後悔するときがある。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
連日パチスロに狂っていた日々の記憶は朧げで、大勝ちした日のことと、大負けした日のことしか覚えていない。他はゴミ屑のように消えた。ただ、パチスロから離れ、パチスロ中毒から抜け出した日のことは、はっきりと覚えている。
その日は最新人気台が入った新装開店。
もちろん早朝から並び、目当ての新台をゲットし、意気揚々と開店から打ち始めた。
財布の中には前日勝った分も含めフジテレビ(八万円ーー当時、テレビのチャンネル数でお金を数えていたからよく覚えているーー)が入っていた。軍資金としてはかなり多い方で、新装開店の新台イコール勝つ可能性大という甘い理論でいた僕は、余裕で千円札を次々と絵柄が回る機械の中に滑り込ませていった。
が、八万円は一瞬で消え去った。
その後は、銀行に行っては店に戻って千円札を滑り込ませるの繰り返し。
例えではなく、「あ」っと言う間に全財産を失った。
どうやって台を離れたのか、どうやって店を出たのかは覚えていない。いや、もう何も考えられなくなっていたんだと思う。気がついたら僕は、パチスロ店からも家からも遠く離れた空き地の隅に座っていた。
現実逃避。
外はまだ明るく。そして唸るほど暑かった。
回らない頭をぶら下げて、僕は仕方なく家に帰ることにした。交通費などない。歩いて一時間はかかる場所だった。
絶望と後悔と逆ギレが頭の中を駆け巡る中、気がつくと僕は、道路に財布が落ちていないか必死に探しながら歩いていた。
恐ろしかった。
何より、その恐怖に気がついても尚、財布を探すことを止めない自分が怖かった。どうせ家まで歩くんだ、ついでじゃないか、奇跡はあるかもしれないよ、竹藪に一億あるかもしれない。クズのどん底に自分がいることを実感しながら歩いていた。
その時だった。
「はい!お兄さんに道を譲ってあげましょうねー!」
と、突然女性の声が耳に飛び込んできた。
見ると間近に女性がいて、その後ろには二十人ぐらいの子供が列をなしていた。
保育園児の散歩。
財布探しのクズどん底にいた僕は、園児たちが目の前に来るまで気がついていなかった。その僕の異常な姿を引率の先生が察知し、早めにわざと大きな声で伝えてくれたのだ。
「はーい!」という声が次々に響き、子供たちはとことこ道の端に寄り始めた。
その時点で、涙が出そうになった。
先生に軽くお辞儀をし、足早にその場を去ろうと、子供たちが空けてくれた道を、出来る限り早足で逃げるように進んだ。すると・・・
「こんにちは!」と、ひとりの女の子が元気な声で言った。
僕は虚をつかれ、その場に止まった。
すると、「こんにちは!」「こんにちは!」「こんにちは!」「こんにちは!」「こんにちは!」「こんにちは!」と純粋で真っ直ぐな挨拶が次々と届いてきた。
やめてくれ。
俺にはそんな言葉を貰う資格なんてない。挨拶なんてしないでいいんだよ。クズがうつっちゃうから見ちゃダメだ。
泣きそうで、倒れそうだった。
「よくできました!みんなあいさつできてえらいねー!」
先生の声とともに列が動き始めた。
「さようならー!」何人かの子供が言った。
僕は結局、一言も返すことが出来なかった。
そして、家に着き。部屋に入り。
泣いた。
その日以来、僕はパチスロに通うのをやめた。
昨日、タバコを買いに近所のコンビニへ向かう途中、路地で男の子が縄跳びをしていた。
男の子は、歩いてきた僕の姿に気がつくと縄跳びをやめ、道の端に寄った。
そして、ぺこりと頭を下げた。
一瞬何のことかわからなかったけど、「あぁ、なるほど、マスクしてるし、声出して挨拶しちゃいけないんだな」と思い、僕も立ち止まりお辞儀をした。すると男の子は目元を弾ませてもう一度軽く頭を下げ再び縄跳びを始めた。
思い出したくもないことを久々に思い出した瞬間だった。そしてそれは、忘れてはいけないことだった。
今の僕が、果たして子供たちの真っ直ぐな気持ちを受け止め、それに返していい人間であるかはわからない。
心臓を食べたりしてるし、人斬りを年中してるし、酒を飲んで人に迷惑をかけるし、世界平和のために何も出来ていないし、日本をよくするために何かしてんのかよ!お前は子供たちが大きくなったときの世界をちゃん作ってんのかよ!と思ったりもしてしまう。
ただ、一点。
てめぇの怠惰や強欲や憤怒やらの私利私欲で何も見えず、言葉を返せなかったあの時よりは、道端にある財布を探すよりは、すぐ近くにある善意を見逃さず、善意を返したいと思える人間にはなれてるはずだ。いや、そういう人間になりたいとは思っている。
悔い改める。
人間は成長できる。
未来は変えられる。
ありがとう。
君のお辞儀が、僕の一日を彩ったよ。
●出演情報●
舞台『RUST RAIN FISH』
●ファンコミュニティ●
谷口賢志の『独演会』
今日も一日を彩ろう。
谷口賢志
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いつもサポートありがとうございます。余す所なく血肉に変えて、彩りを返せるよう精進します。心より深謝。