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インタビュー記事「フィクション」1

  鶏ももおろしぽん酢

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 私はこれからここにフィクションを書き記す。


 ところであなたは「カバール」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。
 ドナルド・トランプが米国大統領へ就任したことで市井の人たちにも囁かれ始めた陰謀論。
 そしてそのトランプ大統領が1期で終わってしまったことが陰謀論に拍車を掛け、ディープステート、秘密結社、イルミナティ、…世界政府など少年漫画のような設定に憑りつかれた大人たちが増え、またその大人たちを小馬鹿にする同種類の大人も増えた。

 そうしてチープで稚拙な単語の羅列を見た人は、その言葉について調べる意欲を欠いたかもしれない。
 ではカバールについてはどうだろう。

 検索機を利用したところで「カバール」に繋がる検索結果は先述のディープステートだ何だというような類のものばかりだ。そしてまたその検索結果自体の数も圧倒的に少ない。
 陰謀論者たちはこう言うだろう。
検索結果を操作している
何か触れられたく真実があるのでは?

これらは何ら奇妙なことではなく それは人間の人間らしい反射だ。こういった発想は陰謀論者に限らない。

私が初めてエルヴィン・フィッツロイと会ったのは2016年の10月頃だった。

1. エルヴィン・フィッツロイと

 それは真夏の湿度が和らぎ、秋の訪れを匂わせる東京新宿のとある喫茶店だった。
 エルヴィンはスウェーデン生まれのノルウェー人で、彼はレストランで働いているのだということを私はメールのやりとりで事前に知っていたが、コックであるのかマネージャーであるのかまでは知らない。
今回エルヴィンが友人と共に日本へ旅行に来るということで、ならばついでにと私たちは直接会うこととなった。

 日本には観光で来たというエルヴィンは私より少し背が高く年齢は28歳と若い。笑顔や振る舞いの穏やかな非常に一般的な男性であった。
 私が「コーヒーとビール、どっちにする?」と聞くとエルヴィンは「君と同じものにするよ。」と言うので、私たちは午後の喫茶店でグラスビールを傾け、たわいもない話を始めた。

 私の英語力は義務教育の程度を割り込み、関係代名詞の使い方なども忘れ、まるで幼児のように1行ずつ文章を話すような会話であったが、エルヴィンは丁寧にその私の英語力に合わせた。
 初対面という緊張感をいつの間にかビールが洗い流し、私たちは拙い英語と翻訳アプリで大いに親睦を深めた。

 20分程度の会話の後、軽く辺りを見渡したエルヴィンが私の目を見て「カバール…」と言った。
 彼は笑顔ともシリアスとも受け取ることの出来ない神妙な面持ちで私の返事を待っていた。
 「カバール」については、彼が日本に来る直前のメールのやり取りで軽く触れた程度であったが、私はエルヴィンが来るまでの数日の間に少しだけカバールについて予習をしていた。
 ここからは私とエルヴィンの会話の文字起こしを要約して記す。


2.文字起こし

y「エルヴィン、君はカバールに詳しいのかい?」
e「それは難しい。結城、君はカバールを何だと思う?」
y「わからない。聞きはじめたばかりだ。」
e「君はカバールのどんなことを知りたいんだ?」
y「検索を掛けても何の情報も出てこない。」
e「日本語ではそうかもしれないね。」
y「日本語では出ない?」
e「日本語ではどんな結果が表示されるんだい?」
y「ディープステート、秘密結社、世界政府…UR(都市伝説)みたいなものばかりだよ。」
e「出ているじゃないか。それが答えだよ。」
y「それはどういう意味だい?」
e「結城はKKKのことは知っているかい?」
y「過激な集団だ。彼らは白人至上主義を唱えている。」
e「そう。彼らは実在し、思想を持ち、そして現実に活動をしていた。そしてその存在はURでもある。」
y「つまりカバールは組織として存在し、思想を持って活動をしている?」
e「結城、今の話は例え話だよ。」
y「カバールとURが答えなのだろう?」
e「世界のURでは、イルミナティやロスチャイルド、ロックフェラーを頻繁に目にするね。」
y「cheesy(子供だまし)だ。それならフリーメーソンやイギリス王家、ユダヤ人もよく見掛けるね。」
e「天皇。」
y「それとアトランティスのような幻の大陸や国家、古代文明。」
e「ああ、君がお気に入りのそれらもそうだね。あとはエイリアンもそうだ。火星人? ではこれらの中でどれが現実であるか君には分かるかい?」
y「いや、私は天皇陛下を現実に見たことはないんだ。」
e「天皇はいない?」
y「いや、いるよ。テレビの画面では見るし、毎朝日本国民の幸せを願ってくれている。それは尊いことなんだ。」
e「では自分の目で見た景色だけが存在し、それ以外は存在しないと思うかい? もちろんそれも真実だが、見た景色もテレビや他者から聞いた景色も、君が存在すると思えばそれは存在するのだろう?」
y「わかったよエルヴィン。エイリアンや火星人も現実だね。」
e「そう、全て存在するんだ。」

3.

 夕方になり少し店内が騒がしくなる。
私たちは相変わらず言葉遊びのような会話を楽しみ、その後エルヴィンに東京の観光地をいくつか紹介した。
そうして今晩歌舞伎町へ飲みに行く約束を交わしたところで彼が少し驚いた表情で周囲を見渡した。とても印象的な表情だった。

y「どうしたんだ?」

 私は初めて見るそのエルヴィンのその表情を覗き込む。

e「結城、この店は外国人が多いのかい?」

 辺りを見回してみると店内に客が増え様々な言語が飛び交っている。しかし近年の都内は外国人観光客が多く、彼らを目当てにした商売も繁盛しているほどだ。


y「うーん? いや、いつもこんなもんだよ。」
e「それならばなぜ日本人は日本語しか話さないんだい?」
y「それは多くの親たちが疑問を呈している日本最大の都市伝説だ。」

 そういうとエルヴィンは苦笑いを浮かべ両手の平を天へ向ける。

e「よし結城、連れが待っている。私はそろそろホテルに戻るよ。」

 そうして立ち上がったエルヴィンが「問題ない」と支払いを済ませると、我々は「また後で」と喫茶店の前で別れた。
 カバールか。
 私はエルヴィンの後ろ姿を見送りながら、止め忘れていたICレコーダーを停止させる。
 カバールは都市伝説? しかし実在する? 全ての都市伝説は現実であると彼は言った。いや、言ってはいない。私をそう導いた。
 エルヴィンの話はどこか雲を掴むような感覚で、検索結果を見ている時と同じ。
 私は数時間後、再開するまでの間に彼の話をもう少し整理することに決め、左腕のG-SHOCKを確認する。4時間。
 新宿の喧騒は相も変わらずで、それは気味の悪い浮遊感から現実へと私を引き戻した。


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