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『トップガン マーヴェリック』は80年代とエスコンが融合した俺たちへのエールだ

80年代とは、アーサー王伝説に記されし黄金郷のことである。そして伝説の栄光を求めようと引いては押し寄せる80年代リバイバルの波。リバイバル映画が辿る道は二つに一つ。やんごとなき大人の事情に揉まれて凡作に成り果てるか、当時の熱い魂を貫いて新たな伝説になるかだ。たとえば『ブレードランナー2049』は前作が気難しい作品でありながら、物語を原作小説から独立した「ブレードランナー」世界へと昇華させ、みごと後者の伝説となった。

『トップガン』もその伝説の80年代を飾る映画の一つだ。そして今、マーヴェリックの伝説が『トップガン マーヴェリク』として帰ってきた。そして本作もまた、後者の作品として新たな道標となった。幸いにも劇場公開は始まったばかりなので、気になる人は今すぐ映画館へ行くべきだ。前作を見ていない人はもちろん予習しよう。

※前作のAmazon Videoはこちら
字幕版
:https://www.amazon.co.jp/dp/B00G9SYWG0
吹替版:https://www.amazon.co.jp/dp/B073HSYJH7
(前作は森川ボイスじゃないのでご注意を)


エスコンと名作映画のケミカル反応

劇場が暗くなるや否や、真っ黒なスクリーンに映し出される「TOP GUN」のロゴマーク。そして一転、ケニー・ロギンスの「デンジャー・ゾーン」と共に始まる空母着艦のオープニング。しかも今回飛んでいるのはF/A-18だ。見る者のテンションを大空にブチ上げる最高のOPは完成された構図をそのままに、戦闘機や撮影機材が進化していた。懐古趣味にとどまらないリスペクトと創造がこのワンシーンに詰まっていた。

一方マーヴェリックは、あれからいろいろあって試験機のパイロットになっていた。彼が乗る次世代戦闘機はマッハ10で飛ぶ超音速機(もちろんこれは「嘘」の架空機)。だが上層部から「そんなものより圧倒的に安くリスクの低いドローンに投資していく」いうというお達しが来る。過酷な訓練を積まないと乗れないものより、大量生産可能でしかもGで気絶しないAI任せのモノがいいのは当然の話だ。しかしマーヴェリックは言う。「まだその時は来ていない」と。人間が空で輝ける最後の時代、彼は養成学校トップガンに教官として舞い戻る。

今回マーヴェリックがトップガンに呼び戻されたのは他でもない。とある敵国の軍事施設を破壊するミッションを遂行できるパイロットを育てるためだ。生徒たちはどれも新顔。確かな腕を持つが実戦経験はまだない。年配のマーヴェリックにも及ばないひよっこ達だ。だが、今回のミッションは優秀なトップガンの若者でなければいけない。なにしろ今回は低空飛行で素早く渓谷を潜り抜け、その上隠された敵施設をピンポイントで狙わなければいけないのだ。しかも旧世代化したF/A-18でだ。これと同様の訓練を本番前にマーヴェリックは訓練生たちに課してゆく。

超性能戦闘機……AIへの交代……隙間くぐり……もうお分かりいたけただろう。これはエースコンバットだ。この手のミッションは楽しいけどチェックポイントも少くてバチクソ難しいのはあなたの身に染みているはずだ。「コンテニューすればいいじゃん」とか思ったのなら今すぐその頬を叩いて目を覚ますといい。トムクルーズはそれを現実でやれと言っているのだ。

前作トップガンは確かに爽やかな人間ドラマとそこに秘めた葛藤が魅力的な映画であったが、戦闘機アクションとして今見ると古臭さは否めない。一方、今回のトップガンは21世紀のスピーディーな刺激に慣れ切った俺たちをジェットエンジンで連れ去る迫力を持っていた。本作は前作の良い部分をそのままに「現代のエンタメ」としてアップデートするという難問の模範となったのだ。もし制作陣が「フン、今の若いのはゲーム脳でけしからん。80年代のやり方でやらせてもらうぜ」とか「SNS中毒の連中は流行りの要素をぶち込めば喜ぶだろ」とか1ミリでも思っていたらこの映画は一気に空中分解していたことだろう。

これはトムとマーベリックが俺たちに贈るエールだ

刻々と迫る作戦決行日を前に訓練を成功させた者は現れなかった。それでも若き訓練生たちは作戦を成功させるべく、過酷な特訓に励む。中には訓練中に気絶して死にかけた奴も出た。それを見かねた上層部はマーヴェリックの作戦を無謀だと判断し、彼を更迭する。作戦もゆとりのある内容に変更された。

だが、それでは敵にやられてしまうのだ。みんな分かっていた。訪れる沈黙。「飛ぶのは俺の生き様だ。その魂をお前たちにも教えてやる――」そう言わんばかりにマーヴェリックは再び空を飛び、無茶だと思われた訓練内容を自ら身体を張って達成してみせた。意気消沈としていた訓練生たちはその光景を目の当たりにし、内なる闘志を再び燃やす。

それはスクリーンの前の自分も例外ではなかった。小説執筆、ゲーム制作……あらゆる創作をする上で80年代の壁は立ちはだかってくる。単純明快さとリアリティを併せ持った当時の名作たちはエンタメとして見習うべきだ。しかし、単なる模写では懐古趣味になり、かといって変に弄り回すとゲテモノ料理になってしまう。偉大なる先人たちを前に自分は何度も挫けそうになった。

泣いても笑っても世代交代は必ず来る。2.0.2.0.年代に入り、無敵のシュワルツェネッガーもいいおじいちゃんになってしまった。たとえ80年代の栄光に縋ろうがビビろうが、時代の波が押し流してゆく。迫りくるタイムリミットを前に、マーヴェリックは不安に怯える俺たちに「俺にもできたんだ。お前たちならできるはずだ」と背中を後押ししてくれるのだ。

マーヴェリックとトムクルーズは、俺たちにエールを送るべく最後のフライトに飛び立つ。そのために伝説は還ってきた。


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