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かゆみ学#13 ~他人のかゆいは移る!?~

最近、我々かゆみ研究界隈をざわつかせてる論争があります。

それは、
他人がかゆがっているのを見ると、自分もかゆくなる
という現象についてです。

この論争の発端は、かゆみ研究のトップランナーであるワシントン大学のZ. F. Chen先生が2017年にScienceに投稿した"Molecular and neural basis of contagious itch behavior in mice"という論文でした。

この論文では、

①マウスに掻き動作を起こしているマウスのビデオをみせることで、そのマウスも自発的掻き動作を起こすようになること
②その行動には視交叉上核 (SCN概日リズムを司っている脳領域であり、視覚情報を受け取る領域でもある)と呼ばれる脳領域が重要であること
③普通のかゆみ情報伝達と同様に、SCNでもGRP-GRPRシグナルが重要であること

が示されています。


当時(といっても5年前のことだが笑)はこの論文を巡って様々な議論が行われました。
まず、単純に人間で考えた時に、そんなにかゆみって移るものなのでしょうか。少なくとも私にはそのような経験はありませんが、みなさんはいかがでしょうか。

また、仮にかゆみが移ったとしても、そのようなあまり確率が高そうに思えない行動をマウスにおいて観察することができるのでしょうか。
実際に違う方法をとり、この「伝染性のかゆみ」を再現できなかったという他者のコメントも寄せられています。Chenらは実験結果と共にマウスのトレーニング(かゆみ行動を見せる時間等の条件のこと)が不足しているということで返答していましたが、逆にそこまでトレーニングさせて起こった掻き動作は果たしてかゆみと言えるのでしょうか。

てか、そもそもマウスにはそのビデオが見えているのでしょうか。


そんな中、Chenらによってこの現象の詳しいメカニズムについて、新たな論文がCell Reportにて掲載されました。

まずこの論文では、ビデオ中のマウスの掻き動作を認識している脳領域が本当にSCNであるかどうかを検証しました。なぜなら、SCNは一般的に目からの非画像形成機能に関与していることが知られているため、SCNの関与がにわかに信じがたかったからです。
そこで、SCNおよび目からの画像形成に関与している上丘、背外側被蓋核を解析しました。

実験には、チャネルロドプシンと呼ばれる特定の波長の光を当てると神経を活性化させるタンパク質を用いました。みなさん知っていますでしょうか?絶対に将来のノーベル賞なので覚えておいてくださいね(笑)
そのチャネルロドプシンを含んだウイルスをマウスの目に注射します。すると、目と各脳領域を繋ぐ神経を介してチャネルロドプシンがSCNや上丘、背外側被蓋核に発現します。そこで下の写真のようにマウスに光ファイバーを差し込んで、各脳領域に光を当てると神経が活性化しマウスが掻き動作を起こすのです。

面白いことに、このような原理でマウスが掻き動作を起こしたのはSCNだけで、上丘、背外側被蓋核に光を当てても掻くことはありませんでした。よって信じがたいですが、やはりビデオ中の掻き動作を認識して掻き動作を起こしているのはSCNである可能性があります

また、この目とSCNを繋ぐ神経の一部はメラノプシンと呼ばれる光受容物質が含まれており、このメラノプシンが掻き動作を起こすのに重要であると考えたため、メラノプシンを産生しないようなマウス、メラノプシンノックアウト(KO)マウスを作製し掻き動作を解析したところ、意外にも掻き動作に影響はありませんでした。

そこで著者らが注目したのが、PACAP(ペイキャップ)と呼ばれるタンパク質です。PACAPは様々な場所に存在し幅広い生理作用を調節しているタンパク質ですが、目からSCNを繋ぐこの神経においても重要であることが知られています。
よって、今度はSCNにおけるPACAP受容体 KOマウスを作製し掻き動作を解析したところ、今まで見られていた掻き動作が見られなくなりました。つまり、この伝染性のかゆみにはPACAPが重要である可能性があります


論文では他にも様々な実験をしていますが、こんな感じで伝染性のかゆみにはSCNのPACAPが重要であることが示されました。
冒頭でも述べた通り、SCNは非画像形成に重要であることが一般的な見解であるため、この伝染性のかゆみの真偽は未だ定かではありませんが、今回メラノプシンが掻き動作に影響しなかった結果が出ていましたので、SCNはメラノプシンに依存しない形で画像形成に寄与する可能性が新たに示唆されます。

また、本当に伝染性のかゆみが存在するならば、なぜそのような行動が起こるのか、生理学的意義は何なのかが気になるところですが、それについても本記事で紹介しなかった実験結果ともに考察されていました。

本当にその行動は「かゆみ」なのかはさておき、少なくともこの現象に関する詳細なメカニズムが明らかになりました。
伝染性のかゆみのメカニズムだけでなく、SCNの新たなる役割をも示唆した点にこの論文の意義があり、非常に興味深い論文であると私は思います。

他人のかゆいは移るのか、みなさんはどう思うでしょうか。


僕の研究を応援して頂ければ幸いです!