Hey Siri 「夢は諦めるべき?」


Siriは何でも知っている。らしい。
明日の天気、チャーハンの作り方、鼻唄まじりの曲名。AIが全てを教えてくれる時代になった。親はいらない。先生もいらない。
ちいさい画面に話し掛けることで、何倍の情報にもなって返ってくる。
その情報に熱はない。ただ淡々と、無機質に、真実だけを伝える。

かつて思い描いた夢はどれだけ鮮明でも、時間が過ぎるにつれて色褪せてゆく。
思い描けない夢はない。
定義がないのだから。ルールがないのだから。

ピカソに憧れた未来でも、ベートーヴェンに憧れた未来でも、アトムに憧れた未来でも、あの頃はそんな未来がやってくると信じていた。
きっと、自分の思い通りになるだろうと。きっと、未来は明るいと。刻々と過ぎていく時間が、勝手に夢に膨らませてくれるだろう、と。


砂時計は止まらない。
叶えてきた夢が下に溜まっていくと思っていたのに、ただ消費した時間だけが流れ落ちてゆく。そこには後悔とか虚無といった不純物が混ざり、まるでこびり付くように離れない。
上に残った砂の中に夢はあるのだろうか。
僅かでも希望の入り混じった砂が徐々に徐々に形になっていくのだろうか。

待っていれば、夢は叶うのだろうか。
思い描いた未来が、明日にでもやってくるのだろうか。

Siriは何でも教えてくれる。らしい。
恥ずかしいけれど、こっそりスマホに向かって「夢は諦めるべき?」と呟いたら、「すみません、よくわかりません」と返ってきた。
よかった…。「諦めた方がいいでしょう」とは返ってこなかった。

Siriはまだまだ発展途上なのかもしれない。いつか技術が進歩して、遠慮がちに「そろそろ諦めた方が…」と言われたら、そのときは潮時かもしれない。この問答が続くうちは、夢を持っていても誰にも文句は言われない。


砂時計は止まらない。
今この瞬間も時間は目に見えて落ちていく。下に落ちた砂をすくうことはできない。
あと何回、カップラーメンが食べられるのだろう。
あと何回、2時間ドラマが見られるのだろう。あと何回、大好きな人に出会えるのだろう。Siriに聞いてみても全部「すみません、よくわかりません」と返ってきた。

時間が有限である代わりに、可能性は無限だ。
先の読める展開、結末が明らかな脚本、答えが用意された人生。
思い描いた未来にはならないだろう。
でも、そんな予定調和の未来をぶっ壊したあとに見える景色の方が光り輝くことを信じるしかない。その景色はきっと、自分と、自分の大切な人にしか見ることのできないものに決まっているのだから。

Siriは何でも答えてくれる。らしい。
今日の占いの順位も、そんな日にピッタリな曲も、あたたかい鍋が食べられる居酒屋も。
正確で、情報が多くて、気の利いた答えなんかより、愛想のない「すみません、よくわかりません」の方が何だか人間っぽい。
でも、こんな無駄なやり取りに時間を費やしている僕なんかを早く無視してほしいとも思う。

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