『こいつ、おれのこと好きなんかな⑩』
「あー、私の人生こんなはずじゃなかったのになあ‥」
彼女は僕に弱みを見せてくる。
3回に1回はどこからか湧いてきた感情を、溜息混じりに吐露してくる。
汚れた消しゴムのカスを丸めながら、浮かない表情の彼女を見つめる。
授業中の表情も、学食での表情も、廊下を歩く表情も、彼女はどこか物憂げな感じがした。
その様は、こんな不幸な私を見てほしい、と言わんばかりだった。
こんな顔をしながら存在していれば、誰かに声を掛けてもらえると、言いたげに。
そんな罠に引っかかる男が、僕だった。
「どしたん」と話し掛けてから、たまに授業で顔を合わせるようになった。
どうやら、彼氏やバイト、教職の勉強や家庭内の揉め事と、悩み事に尽きないようだった。
浮かんでは消える悩みの種の数々は、彼女の手首を見ればわかる。
人はどうしようもなくなったとき、1人でいるのが辛い人と、そうでない人がいる。
彼女は前者で、ずっとそうやって生きてきたに違いない。
浮かない表情をしたら、誰かが自分の姿を見つけてくれると、いつも願っている。
弱音を吐いたら、誰かが自分の声に気付いてくれると、ずっと信じている。
こんな私に、嘘でも優しく声を掛けてくれる人がいる。
それが、彼女にとっての生きる意味であり、証明になるのだから。
僕はただ、うんうんとうなずいて、その証明の手助けをするだけだ。
消しゴムのカスだけが、どんどんと黒く、大きくなっていく。
「こいつ、おれのこと好きなんかな」
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