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映画「母性」の感想と考察

 U-NEXTで「母性」を観たので、感想と考察を手短に書きたいと思いましたよ。原作未読でネタバレアリです。

どんな作品?

 戸田恵梨香が演じる“母”と永野芽郁が演じる“娘”、それぞれのモノローグを中心に、母と娘の間に生じる呪いとも言える引力と、母性とは何なのか?というテーマを描いた作品です。
 祖母の死に掛かるミステリー観点もありつつ、ながら観や飛ばし見を許さない、見逃し厳禁な作りになっている点も良いと思いました。

母と娘に何が起きたのか

 結論から言うと、どのように考察を重ねようとも、客観的な真実はわかりません。この作品の各章タイトルが「母の真実」「娘の真実」「母と娘の真実」となっている通り、母か娘、いずれかの主観によるからです。いわゆる「信頼できない語り手」というやつです。
 母の告解で語られる内容と、娘の回想に見られる乖離が、この物語の中にはたびたび出現します。
その中でも、特に炊事については娘の記憶を信用すべきでしょう。母の言う通りだとすると、娘から「ハンバーグと三色丼の登場率高め」「ビーフシチューが食卓に出たことがない」とまでは言われないはずです。また、祖母からは無償の愛を注がれていた、と断言していることからも、母からの愛を感じていなかったことを示しています。そういった点から、物語は概ね娘の回想が正しい流れのように思います。
 ただし、終盤のハグ(あるいは首絞め)から自殺未遂の流れについては、母の記憶が正当だろうと考えています。まず、あの時点で娘の命を損なう動機がありません。自分を突き破って出てきた“いきもの”である娘に触れる事を何より厭う母が、脈打ち生暖かい首に両手で触れるなど考えられません。また、直隠しにしてきた秘密を娘に知られてしまったとは言え、母が唯一愛する祖母の言い付けに背いて娘を手に掛けるとも思えません。(追記:母の人物像を深堀り考察しても面白そうだな、と後から気が付きました。全体の構成が崩れそうなので割愛しますが、言葉を拾っていくだけでも興味深い人物ですね)
 恐らく、母の形ばかりの空虚な抱擁と言葉に触れた際、不意に母を拒絶してしまった事と、母から祖母を奪ってしまった事との二重の罪悪感に苛まれた結果の自殺未遂だったのでしょう。その罪悪感から心を護るため、首を吊った際の苦しみが織り交ざり、母から絞殺されそうになった、という妄想にすり替わった、と考えられます。無論、娘の自殺未遂は衝動的でありながら、母から注目されるための行為であるため、未遂で終わるように(無意識下で)仕掛けたものだろうと思います。

戸田恵梨香の演技の素晴らしさ

 珍しく名指しの見出しをつけてしまうくらい、この作品における戸田恵梨香の演技は素晴らしいものでした。同じシーンを母視点と娘視点で見たときの差異が完璧で、微妙な表情と声色の違いで演じ分けていました。
 ながら観では見逃す程度の違いしかない、というのがこの作品の肝要であり、他の俳優ではこのクオリティは出せなかっただろう、と感嘆するほかありませんでした。
 きっと、監督は彼女の演技にとても助けられたのではないかと思います。脳裏に描いていたそのもの、あるいはそれ以上の演技が目の前にあったのですから。

おすすめ度合いは?

 戸田恵梨香の最高の演技を楽しめる人にはとてもオススメです。そうでもない人や、原作・原作者ファンにとってはイマイチかも知れません。原作未読なので、どの程度の改変が行われたか解りませんが、母から見た祖母、娘から見た母をより太い軸に据えるために、他の人物相関を極端に薄めたのではないでしょうか。
 それが作品の魅力を損ねたとは思いませんが、脇役が余りに脇役すぎたように感じています。それだけ、母娘の主観の映像化に力を注いだという事かも知れませんし、カットした部分に、恐らく湊かなえ作品の特徴でもある“気分を損ねる”シーンがあったのかも知れません。そういった意味では、湊かなえ原作の割には嫌な気持ちにならずに完走できる作品としてオススメ、とも言えますね。(了)

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