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映画「クリーピー 偽りの隣人」をいまさら考察

 もう幾度となく繰り返し観ているクリーピー (2016)について、香川照之が演じた自称・西野のキャラクターを中心に考察してみたいと思いたったので、もう2021年ですが書き連ねていきます。ネタバレを大いに含みます。

 本作品のモンスターである自称・西野(以下、彼)は、類似のサイコパスである高倉の分類によると"混合型"に当てはまるタイプと考えられます。ある時は支離滅裂な無秩序型の反応を見せ、またある時は理路整然としているように見えますが、全体として罪悪感に乏しく、自分以外の人間に道具以上の価値を認めていません。

 彼が西野家に入り込む以前の事件で明るみに出ているのは、日野市事件だけです。あの事件では、彼が入り込んでいたと思われる水田家の住民2人と本多家の早紀を除く3人の計5人がパッキング状態で発見されました。事件への直接関与がないとされている早紀以外全員の遺体、ということになりますが、西野家での彼の振る舞いを見るに、彼が遺体を処分したとは考えづらいのです。例え5人のうちの誰かひとりに処分させていたとしても、最後の1人を彼が処分したと考えるのはやや不自然です。

 だとすると、もうひとり協力者が必要になります。西野家における澪と同じ立場の誰か。つまり早紀です。記憶が断片的になっているのは、遺体を処分させられた強烈なショックから自分の精神を守っているのかも知れません。とは言え記憶は封印されているだけなので、高倉がもう少し徹底して追求するか、あるいは専門家に退行催眠を使わせて調査していれば、もっと早くに真相に辿り着けていたかも知れませんね。

 さて、彼が西野家に入り込んで高倉家に接触した後の様子は劇中に描かれていますが、これも事細かに、というわけではありません。肝心なシーンは飛んでいて、このように想像する他ないように上手いこと作られています。彼はどのようにして、康子を籠絡したのでしょうか。

 初対面の印象として、康子は彼のことを悪く言っていました。その後も一貫性のない彼の態度に辟易している様子が描かれていました。しかし、犬が彼にジャレついたり、逃げ出した犬を保護していたりと、頻繁に接触しているうちに態度が軟化していきます。夫である高倉よりも自分を見てくれる人物として捉えてしまったのかも知れません。が、忘れてはならないのが、康子と彼の初対面後に高倉に向かって言った言葉を、そのまま彼が引用した事です。劇中で特に暴かれる事はありませんでしたが、彼は高倉家を盗聴していたはずです。高倉家を盗聴し、夫婦の距離感や生活サイクルや自分の評価を含め、高倉と康子の全てを観察していたに違いありません。そうして、操りやすいのは誰か、どのように懐に入り込むかを考えたのでしょう。恐ろしい。

 康子が西野に心を許したのは、犬が逃げ出したところを彼に保護してもらった時のやり取りでした。平常な精神状態であれば、即座に逃げ出して「二度と会いたくない」と思わせるような彼の振る舞いでしたが、康子は逃げられませんでした。劇中では明確になっていませんが、若干の気遣いや気圧されもあって「西野さんの方(が、夫より素敵)かな?」とうっかり答えてしまったのでしょう。思うツボです。しかし、彼のようなタイプが、キスとかハグとかの肉体的な接触で好感を得ようとするようには思えません。せいぜい握手くらいでしょう。と、すると。何らか魅力的な言葉を投げかけたのだ、と思います。
「僕は、高倉さんが思っているより康子さんを魅力的に思っていますよ」
とでも。
それと、犬は勝手に出ていったんですかね。それとも、秘密裏に彼が連れ出したんですかね。

 ミキサーのシーンで康子は、事件に夢中で自分に全く目をかけない高倉へのイライラを発露してしまいました。明らかに彼に侵食され、平静を保てなくなっています。拠り所は彼の言葉しかなく、しかし高倉への罪悪感から、心にもミキサーが回っている様子でした。あの時点でおクスリ出てるかは分かりませんが、何となく、一度は打たれてるかな、と思います。依存初期の離脱症状によるイラつきとも取れますし。

 その後、康子の「もう帰ります」から握手に至り、彼「絶対ウチに来てくださいよ」のシーン。このセリフの"ウチ"は「家に」なのか「打ちに」なのか…ネトフリだと日本語字幕とかあるのかな。セリフ表記がどうなってるのか気になります。さて、この時の康子の握手の応じ方って変でしたよね。彼に背を向けたまま、後ろ手に右手を上げました。向き直るでもなく、しかし握手には素直に応じます。そもそも、なぜあのような場所(多分、犬を"保護"してくれていた、あの場所の近くだ、と思います)で彼と会っていたのでしょうか。家は隣なので、どちらの家でキメセ…もとい逢瀬するにしても、わざわざ家から離れた場所で落ち合う必要なんてないはずです。外出中に偶然出会った?それにしては、康子は手ぶらですね。

 明らかに、康子は高倉に秘密で彼に会っていて、それもおクスリを打たれています。薬物への後ろめたさ(ここは高倉への、ではなく)から"握手"を後ろ手にしたのでしょう。そして、以前も同じように握手を求められた時に、お注射されたんだろうと想像できます。だから、握手を求められた時に期待を込めて応じたのでしょう。また、彼の家の中であれば人目もないので安全に思いますが、この時の親密度を考えると、ひと気もなく犬の散歩に乗じることもできる例の場所が最適だったのかも知れません。西野家から出てくるところを高倉に目撃されると厄介ですしね。この握手から逃げ帰ったあと、康子はひとり扇風機を浴びながら虚ろな表情を見せます。打ちたいのか、もしくは打ちに行ったのか…。

 次の扇風機シーンでは、5つの注射痕を見て取れます。すっかり夢中ですねぇ。朝食にほとんど手をつけていないことから、だいぶ依存状態に陥っていることを伺い知れます。覚醒剤のように食欲が抑制される作用があるのでしょう。彼が澪の母親を殺害した後の処理のため、西野家の隠し部屋に呼ばれた時に強い拒否感を示しますが、その際に「いつでも打ってあげますから」という彼の言葉で顔色と態度が一変したことも、依存状態を表していますね。

 ところで、隠し部屋での彼と康子のやり取りの中に、澪の母親が死ぬことになった原因について「あなた(=康子)のせいですよ」という彼の言葉がありました。これは、彼と康子が不倫関係にあったことを悟られてしまったことを示している、と考えられます。そうでなければ、いくら強い支配下にあるとはいえ、根拠もなしに自分のせいで人が死ぬなんて受け入れるとは思えません。ちなみに、彼にとっては性欲を満たすことより、康子を支配するための行為だった、と考えられます。康子のストレスを発散してあげた、という恩着せであり、同時に高倉への背信、彼の妻(ではないのだけれど)への背信に対する罪悪感を植え付けることで、陰陽の両面に支配の触手を伸ばしたのです。本来であれば彼と康子の二人が負うべき責であるにも関わらず、全責任を康子に負わせ、それを難なく受け入れさせてしまう、マインドコントロールの怖さですね。

 西野家に高倉が誘き出されたあと、高倉は彼の卑怯さ、卑小さを説きながら追い立てました。高倉としては、康子を救うため、康子の目を覚ますために発していた言葉だと思うのですが、彼にとってはこれも想定内の材料だったと考えられます。恐らく事前に「高倉は我々のことを”可哀想なやつ”と見下している。高倉を救うためには、アレを打つしかない。康子さん、あなたの手で打ってあげなさい」とでも吹き込んでいたのでしょう。それで、高倉がまんまと「可哀想」と発言した際にそれをリピートさせ、康子にキーワードとして伝えたのです。それが後催眠暗示のように働き、予定通りであるかのように、康子は高倉にお注射したのだ、と思います。

 囚われの身となった高倉に付き添う康子の元に、澪がやってきてクッキーらしき箱を渡すシーンでは、まず康子がクッキーらしき食料(以下、クッキー)を貪り、ぐったり横たわっている高倉に馬乗りになり、食べかけのクッキーを高倉の口の中に導きました。既に預金が尽きかけていた西野家からの撤退を決めていた彼としては、必要以上に高倉に構う暇もなく、澪に二人の管理を任せてしまったのでしょう。このシーン付近から、落とし穴は掘られていたようです。
  クスリを打っているように見せかけておき、食欲が復活した頃合いにクッキーを投入。その後の離脱症状を緩和するために、康子にはある程度継続して投薬が必要ではあるものの、澪と高倉、康子の間である程度の示し合わせはできていたのだ、と思います。早紀の前例から、さすがの彼も、未熟な子供であるはずの澪の支配に綻びが生じていた、とは思っていなかったんでしょうね。
  思い返すと、序盤から澪は支配されているフリを続けていたのだ、と思います。高倉のような千載一遇の隣人を待って。それにしても、康子が高倉にクッキーを食べさせるシーンは官能的というか、康子本位での夫婦の交わりをようやく持てたのだろうな、と思いました。

 こうして彼は高倉の手によって生涯を閉じるわけですが、澪は長い(と、言っても数ヶ月程度のことでしょう)支配から解き放たれ、喜びを爆発させて駆け出します。両親の死に関わったこと、死体遺棄を行ったことに関して記憶が呼び起こされるまでの間、彼女はつかの間の幸せを味わえることでしょう。
  高倉自身は何も変わっていません。劇中「人はそんなに簡単に変われないよ」と言っていたように、もうひとりのモンスターと言っても差し支えないくらいサイコパスである高倉は、この後も何も変わらずにいる、と信じています。
  一方、康子はどうでしょうか。クスリの影響も薄まり、彼の支配が終わったことでほぼ正気に戻されたものの、自身の不貞や薬物依存、澪の母親の死体を処分したこと、彼の思うままに高倉を陥れたことの全てがフラッシュバックしたのでしょう、高倉にしがみついて大きな嗚咽を漏らしていました。康子は弱い人間です。薬物により混濁した意識と人格だったからこそ持ちこたえていたのに、正気に戻ることで人格が破壊されてしまうのではないでしょうか。

 最後に、中盤で田中家が炎上し、田中家の住民2人と野上の遺体が発見された事件がありましたよね。あれ、誰がやったんでしょうね。彼の性格上、主体的に動くとは考えられません。康子はまだ犯罪に関わっていないはずなので、澪にやらせたのでしょうか…謎です。(了)

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