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主張:ラピダスに求められるのは「覚悟」と「戦略」だ


はじめに

こんにちは、ここ最近すっかりご無沙汰だった暁雨春風というものだ。

半年ぶりぐらいの記事となってしまったが、先日「経産省主導で先端半導体製造会社ラピダス」を設立するというニュースを目にして居ても立っても居られず本記事を執筆した。半導体業界人の多くにとってゼロ年代初頭からひたすら国策・採算度外視の諸外国に負け続けたトラウマは忘れられるものでなく、「やっと日本も半導体に力を入れる気になった」という感慨を持つ一方で、日本半導体トラウマ史に1ページを刻むだけに終わるのではないかという意見を持つのは当然である。本記事はラピダスがかつてと同じ轍を踏まないために何をすべきかについて私なりの考えを綴る。


必要なのは「投資への覚悟」

まず、ラピダスの成否について、①半導体工場への投資を継続できるかが最初の分かれ目となるだろう。
先端半導体工場の建設には一般に3兆円ほどかかるとされている。
また、先端線幅を実現するのならば莫大な研究開発投資も必要とされるだろう。実際ラピダス社代表取締役の小池氏は「パイロットラインに2兆円、量産製造ラインに3兆円。計5兆円はかかるだろう」と日経クロステック内で述べている。ただ、5兆円という金額は決して少なくない。例えば2022年度の科学技術振興費は8,863億円であり、仮に小池氏が言うように10年で事業化を実現しようとすれば10年間の文科省当該予算のうち56%が消失することとなる。これでは他の研究が疎かになってしまうだろうから、真水で毎年5000億円の予算を新たに確保する必要があるが、当然ラピダスが失敗する可能性もあり、予算決定には相当な覚悟が必要であろう。まして今こそ半導体不足で世論は半導体の重要性を痛感しているが、エルピーダが潰れた時はどうであったか、日本勢最後の富士通が先端半導体製造から撤退したときがどうであったか。特にエルピーダは技術力でも決して劣っていなかったし、経営危機の要因も円高と半導体減退期が重なっただけであったので、少し国が手を出せば容易に危機を脱せたのではないか。ところがエルピーダはJALが官民ファンドで救われる陰でひっそりと息を引き取った。
これから半導体の逼迫が緩和し、半導体価格が暴落しても、世論が半導体開発に無関心になったとしても、半導体工場には継続的な投資が必要だ。しかも、上記のように半導体の価格変動は驚くべきものである(特にメモリ産業)から投資時期についての間違いは許されない。
このように先端半導体工場の建設・維持には政府、企業双方に相当の覚悟が求められ、失敗すれば三菱電機(旧)や日立(旧)レベルの企業でも傾くほどの赤字を出す。近年半導体について喧伝する者の多くは知らないであろうが先端半導体製造は大きな損失につながる危険性があり、これを避けるために半導体開発競争から手を引いた日本企業は多いのだ。


先端半導体を売る「戦略」はあるか

そして②2nmという線幅を達成できたとして、誰がそれを買うのかという疑問もある。
例えば、富士通(旧)、ソニー(旧)、東芝(旧)は実は2000年代まで先端半導体工場を運営していた。
だけど彼らは受託を勝ち取れなかった。
なぜなら、彼らはあくまで自社の半導体を作る合間に受託する=優れた技術があれば顧客自らやってくるという考えであったのであったからだ。もちろん彼らが顧客獲得に注力したとして、国を挙げて半導体工場をバックアップする台韓に勝てたかは怪しいのは事実であるが、何れにせよ顧客獲得戦略の有無がTSMCやSamsung、UMCとの明暗を分ける一因となったことは否定できないだろう。
では日本に2nm工場は作れないのだろうか。当然そんなことはない。価格競争力が多少劣る程度なら国産化に力を入れる政府への秋波や安心感のために自国半導体工場を選ぶ会社もある。これを上手く利用したのが近年のintelの半導体工場計画である。実のところ、つい最近までintelも上記日本企業と同様の理由で先端半導体開発競争から脱落しかかっていたのだが、やはりこのままでは上手くないと思ったようで、急速に受託製造に注力してきている。ただ、受託は製造会社の技術力や実績がモノを言う世界。本来なら2nmどころか5nmの生産すらまともにできないintelに受託依頼をする企業が現れることは無かったはずであったが、by americanを推し進めたい米国政府と奇跡的に思惑が一致し、現在政府ルートも使いながら顧客開拓を進めているとされている。実際にこの戦略は結実しつつあるようで、現在qualcomm(スマホ半導体首位)やAmazon(クラウドシェア1位、クラウドサーバ半導体内製中)の受託を獲得し、Nvidia(ゲーム実行・AI開発用半導体首位)とも受託に向けた話をしているとされる。
翻って日本はどうだろうか?
私が聞く限りこういった顧客開拓の戦略は全く聞こえてこない。勿論これには日本に大手半導体設計企業(いわゆるファブレス)がほとんど居ないことも影響しているだろう。
以上②について述べたように、半導体工場という「ハコ」を建てても顧客を勝ち取るための戦略がなければ、ラピダスは容易に失敗するであろう。日本の半導体産業を再興したいのなら半導体設計企業の育成や需要の創出も不可欠なのだ。

では②について具体的にどんな政策が有効であろうか。
私は、(1)アンカーテナンシの活用(2)ITベンチャーへの投資促進がこれに寄与すると考える。まず(1)について例えばデジ庁は現在Amazon等のクラウドをかなり大規模に使用しているわけだが、ここに日本の半導体工場で作った半導体を活用できないだろうか。ガバクラ調達時の要件に日本国内で製造した半導体を使用する旨の規定を加えることは一つの手であるように感じる。
(2)について、半導体設計企業でなく、なぜITベンチャーへの投資が必要であるか。まず、半導体設計には高いノウハウが必要で、今からトップランナーに追いつくことが難しく感じられることが1つ。そしてここ最近IT企業の半導体内製化思考の高まりが2つ目の理由である。先述のAmazonは勿論、Microsoft(クラウド2位、クラウド事業拡大のためOfficeやゲームもクラウド提供を目指す)やGoogle(同3位、検索や動画配信といった重負荷サービスも手掛ける)といった企業が皆半導体設計を内製化しつつある。こうした半導体設計とITサービス開発の垂直統合が起きつつある現在において、国内に大量の半導体を必要とするIT企業がないことは上記アメリカの様な戦略を取る余地を奪ってしまい、結果本邦半導体産業の再興に暗い影を落とすことになる。
本来は東大黒田教授のいうように、日本のデンソーやパナ等の大手メーカーが各々半導体を内製化することが一番好ましいが、費用対効果で考えた場合マイコンで足る用途で汎用品に対抗するのは容易でない。これはマイコンが非常に安価で内製化すると製品の価格競争力が減ずるからである。そして自動運転に使われるような高性能半導体になると開発に莫大な費用が掛かり、これも現実的で無いように感じる。尤も、高性能半導体についてはやり方次第で大きな付加価値を生み出せる(例えば将来自動車で自動運転やコックピットを統合制御する半導体をアウトソーシングすることは他社との差別化要素の放棄に等しく、もはやエンジンを外注する行為と変わらない。)のでここはメーカーによって戦略が分かれる所であろう。


まとめ

ラピダスの成功には上記の他にも、いかにして先端半導体製造に精通する人材を海外メーカから引き抜くかといった人材戦略や、言語や文化の違いのある人々をまとめ、互いのプライドを刺激しないように協力させるマネージメント戦略、そして現在受注過多で入手困難とされる半導体製造装置の調達戦略等が必要とされることが想像できるが、私自身が詳しくないため本記事では割愛する。ただ、少なくとも①世論や半導体価格(私の予測では数年以内に身の毛もよだつほどの半導体不況が到来する)の情勢に惑わされず、企業および政府が投資を継続すること、②ラピダスが製造受託を獲得できるように国がアンカーテナンシーを用意し、さらにベンチャー投資を通して国内の半導体ユーザーを増やすことがラピダスの成功に最低限必要であろう。(了)

論考雑感

ラピダスの掲げる十年以内に最先端線幅を実現するという目標は控えめに言っても相当チャレンジングで、失敗する可能性は決して低くはないものの、やはり最先端への挑戦とは心躍るものがあると感じた。本邦はここ二十年、ひたすら失敗してきたトラウマから「挑戦の楽しさ」を忘れてしまい、ジリ貧な状況に追い込まれている面があると思う。ラピダスが「失敗を恐れず挑戦した結果」を残し、人々からこうしたトラウマを払拭することができれば、それは本邦にとって半導体の国産化以上に重要な意味をもたらすこととなるのではないだろうか。

最後に、今回は半年ぶりに論考記事を執筆した。久しぶりの文章執筆ということもあって、かなり稚拙で読みづらい文章になってしまったと思うが、最後まで読んでいただけた方が居るのなら、最大限のお礼を申し上げたい。

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