マイルドセブン

私の父は
いわゆる昭和のお父さんで
亭主関白な仕事熱心な真面目な人だった。




朝は私が起きる頃に家を出て行ったし、
夜は私がお風呂から上がった頃に帰ってきて
さっさっと夕食を済ませてお風呂に入り
すぐに寝に行ってしまう。


私たち兄弟が
「おかえり」と声をかけても
父から
「ただいま」と
返事があることはほとんどなくて


一方通行な「おかえり」に
意味があるようには思えなかったので
私は父に「おかえり」を言うのをやめた。




父が寝室に行ってからは
下のリビングで騒ぐと怒られるので
静かに過ごさないといけなかった。

母はいつも
私たち兄弟に注意をする時に
「お父さんに怒られるからやめなさい」
という言い方をした。




父は無趣味な人だったので
休日は起きてから寝るまでの
ほとんどの時間を
リビングでテレビを見て過ごしていた。


当然テレビのリモコンの主導権は父にあり
私たちは好きなテレビを
見せてもらえないのが当たり前だったし
たまたま父が見たいテレビ番組と
私たちの見たい番組が一致している
ラッキーな状況でも
せっかちな父は
CMになるとチャンネルを変えてしまうので
急にいいところで番組が変わるというのが
我が家ではあるあるで


それでも私たちの誰も
父に意見出来ずに、
ただただ黙ってテレビを見るのが通例だった。


また、
父がテレビを見ている時に
私達が騒がしくすると
父は無言でテレビのボリュームを
耳が痛くなる音量まで上げた。

直接的に怒られている訳ではないのに
その高圧的な注意の仕方が苦手で
父がいるリビングは
決して家族が寛げる
団欒の場ではなくなっていた。





父はよくタバコを吸っていた。

子供がいても関係なく
何本も吸うので
リビングの壁紙はヤニで黄ばんでいて
母は嫌そうにしていたが、
外でタバコを吸うよう促すことは
もちろんなかったので、
リビングはだいたい
タバコの匂いが充満していた。





子供の頃は
タバコについてはなんとも思っていなかったが

中学生になった私は
静かな思春期を迎えた。


思春期の私は
両親に暴言を吐くなんてことはなかったが

自分の服や髪にタバコの匂いがつくのが嫌で
ご飯の時間を少しずらしたり
父がタバコを吸い出したら
他の部屋に移動するなどして
父と同じ空間にいないよう心がけた。

父とはどんどん距離ができていった。






マイルドセブンはお父さんの匂い




父の事が苦手だったのか
タバコの匂いが苦手だったのか

どっちが先かわからないけれど
私はどっちも嫌いだった。






そんな父と同じ
マイルドセブンのタバコの箱が

彼の鞄から出てきた。

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