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迷い鐘

この街は小道が多い。小道、といっても屏と屏との間を縫うような細道だ。
この話を教えてくれた妙齢の婦人。
彼女はお寺へのお参りを欠かすことがない。


ある日、お寺さんへの近道にと小道を使った。
なかなかの傾斜があったので息が上がるのを感じつつ、道なりに進む。
右への曲がり道、その先は寺の敷地だ。

曲がる瞬間、鐘の音がひとつ。

時刻を知らせる鐘の音がいつもより響き、空気が波立つ様にさえ感じた。
2時間ごとに聞いていて、慣れているはずなのに。
肌の表面を撫で付けて、鳥肌を立たせた。

目をひとつ、ふたつ、と瞬かせる。
すると異変に気づく。
空気というか、色合いに覚えがない土地。
慌てて小道から出ると寺の敷地ではないことを理解した。

この辺りの小道はどこも似たような見た目だ。ある程度整えてあり、特徴もない。が、慣れた者が間違うほどでもない。

おかしい。
まるで狐につままれたようだ。

自分が間違えるわけがない。
もう一度同じ小道に戻ってもよかったが、迷うのが怖かった。
少し先に寺の屋根が見えたので、それを目印に表通りを歩き出す。


また、鐘の音がした。


鐘は2時間ごとだ。時計を見ると、今聞いた音が時刻を知らせるものだった。
時刻以外に鳴るのは大晦日ぐらいなものだ。それでは先程の音は何だったのか。
自分の空耳にしては、鳥肌を立てるほどの余韻があった。
己の耳に不安を覚えつつ、足を進めることにした。

そこには新しい発見があった。
普段歩かない道には雰囲気のよい店や、気になる場所。
安く甘味も買えて、思わぬ収穫に心が踊る。
予想外の楽しみを感じながら寺に到着し、住職にこの事を伝えてみた。

「ありえない時間に鐘が聞こえて、気付いたら知らない道にいて…」

顛末を一通り聞いて、住職がほほ笑む。
「あぁ、また鐘がイタズラしたのかもしれませんね」

聞けばこのような話はたまにあると。
寺によく来てくれる御仁ばかり、何故か時折小道を間違える。
困るほど迷うわけでもなく、楽しめる程度に。
良くしてくれる人への仏様からの贈り物かイタズラか。それこそ神のみぞ知るです、と。


夫人は仏様に見守られている証拠ととらえ、今のように足繁くお寺参りするようになったと話してくれた。

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