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髭剃りデスマッチを観た

―それは王者の証。
勝者は不敵な笑みを浮かべ、刃を手にした。

うららかな陽ざしが気持ちがいい春、4月10日。
私はその日の予定を消化しながら、ある配信を楽しみに過ごしていた。
最近ハマっているニコニコ生放送。
怪談を扱うようになってから怪談師さんの配信に夢中になっている。
この日の配信で絶対リアルタイムで観るぞ!と心に決めていたのは
【髭剃りデスマッチ】
という、怪談バトルものだ。
きっと大体の人がM-1のようなトーナメント形式のものを想像するかと思う。
しかしこれは1対1の、まさにデスマッチ。
賭けるものは漢の命である髭。敗者は髭を剃ることになる。
まるで怪談と結びつかない。
怪談は心に感じる恐怖、そこにプロレス要素が入ったらどうなるだろう。
普段の配信を観ている者としては、絶対に面白いだろうという予感しかなかった。

髭を5センチほど豊かにたくわえた怪談師。
いわお☆カイキスキーさん (以下いわおさん)
宮代あきらさん (以下宮代さん)
このお2人が2話語った合計点数で殴り合いをする。
点数は現場協力者の忖度が入ることなく、リスナーへのアンケートで決まる。
つまりはどちらがより怖く面白かったかを問うものだ。
まさにノーロープ有刺鉄線髭剃パイパン怪談無差別級デスマッチ。
つまらねぇ奴は髭片付けてさっさと去っちまえという啖呵を感じられる。
配信者が考えることは面白い。そして粋だと思った。


前置きはここまでにして、是非動画を観てほしい。

髭剃りデスマッチ動画


まずは冒頭、0:41までのオープニング。
こちらは配信前よりCMのようにプロモーションとして使われていた動画。
音楽と絵面が戦いへの期待を最大値まで上げる。
細部まで手が込んでいて、この時点で無料配信を疑わしくなる。
次に画面に現れるが、リングアナウンサー勤める悠遠かなたさん。
本職MCかリングアナウンサーだろうかというぐらいのトーク。
まるでテレビ番組のようにサクサクと進行し、絵の動きもバラエティなどのそれ。
豪華すぎる。私は後日視聴料を取られても文句は無い!と画面に手を合わせた。


≪これより先、怪談内容ネタバレ注意≫


1試合目

先攻、いわおさん。
焼き肉屋で怖い話を取材した時の話、というもの。
提供者との関係から入る話はまるで小説のようで入りやすい。
提供者の日常から、提供者が更に聞いた話が進む。
臨場感を醸し出す、丁寧な描写。ここぞという時に強まる声色。
更に怪異が走り続け、目の前には異質な存在になった提供者。
怪異を提供者の日常で挟み込む技が光る。
これはやりすぎると視点がわからなくなって聞きずらいのだが、いわおさんのは完璧だ。
取材⇒提供者日常⇒怪異⇒提供者日常⇒取材のスイッチに情景描写と台詞が綺麗に入り込むことでこれだけの場の転換が違和感なく進む。
スムーズすぎて、もはや映画並みだった。
日常、怪異、恐怖、謎、異質と変化しつつ語られ残るは、長く正視するに堪えない不気味さ。

後攻、宮代さん。
野良猫に餌をあげてしまうおばさんと提供者の戦いの話、と前置きされて始まる。
リアルに想像できる説明と漂う不穏な空気。
台詞ひとつ心情ひとつに人物が乗り移っているかのようだ。
身振り手振り表情で、怪談は耳だけのものではないと思わせる語り。
まるで仕掛け絵本を開いていくかのように、そのシーンずつ目の前に立ち上がってくる。
連続するわかりやすいオノマトペの中に、恐怖を膨らますカッターの音。
考える隙もなく、どう転ぶかわからない話の舵。
完璧に操縦できるのは、宮代さんの表現力と台詞内での激しい緩急あってこそ。
聞くにミステリードラマのようなリズムが頭に入りやすい。
特に、最後のおばさんの台詞で突き落とされる感覚が秀逸としか言い表せない。


2試合目

先攻、宮代さん。
出だしのピンクコンパニオンというワードのパンチを食らう。
そこからは1試合目よりも豊かな演技のオンパレード。
説明無くして女性が女性とわかる。男性が男性とわかる。
シーンごとに必要な説明が蛇足なく必要最低限。
宮代さん自身『子供にもわかりやすい怪談を意識している』と話すのを聞いたことがある。
【話す】ではなく【語る】とはこういうことなのかもしれない。
そして大事なシーンでの間。
鈴のチリーンが容易に想像できて、今でも恐ろしい。

後攻、いわおさん。
伊豆恐怖症になったのはたった1回の旅行で…と友人の話が始まる。
繊細な描写だからといって穏やかに進むというわけではない。
むしろ猛スピードで恐怖のバトンを渡してくる。
気付いたら手渡されていて、怖い場面での表現が巧みに巻き付く。
更に心を締めてその油でもしぼりあげてくるかのようだ。
地の説明が技巧派な分、この【語り方】がストンと胸に落ちてくる。
畳の擦れる音と鳩が、少し嫌いになった。


かくして試合は終わったのだが、勝者はぜひ動画視聴をして確認して頂きたい。

髭剃りデスマッチ動画


驚くべきことに、本当に無料でこの生配信は終わった。
試合まではピリピリとした緊張感のデスマッチ。からの髭剃り神事(1:19:30ほど)は笑えて仕方ない。
昭和・平成初期のバラエティ番組のようで懐かしさすら感じると思う。
しかもカメラアングル、照明、画質も素晴らしい。
進行もスムーズかつ気が利いていて、純粋に楽しめた。
視聴者と楽しめる生配信とはもっとチープなものが主流だった気がしていたのに。
時代がそういうもの、というよりはこの企画・実行がハイレベルなのだと思う。
怪談というコンテンツにこんなにエンターテイメント性があるとは。
録画ならともかく、これは偉業なのではないだろうか。
話の内容も最高だったが、番組としても最高だったとしか言い得ないだろう。

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