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首を絞める女

とある女性から「あの場所を通ると溺れる夢を見るんです」と言われた。
もちろんお話を聞かせて頂くことにした。
そんな不思議なことがあるのかと聞いてみれば、その場所は私もよく通る。
たしかに何か辛気臭くて、黄ばんだような蛍光灯の色が気持ちが悪い。
そのうえトンネルのようになっていて無機質な感じがする。

「その場所を通ると、その日に?」
「ええ、その日の夜に。夢に女性が出てきて、溺れさせようとしてくるんです。
息苦しくって、起きると本当に息ができなかったみたいになってます」
「…失礼は承知で聞かせてください」
「…あの、無呼吸症候群ではあります」

しまった。先手を打たれた。
前に怪談を扱った人に同じ話をしたが、馬鹿にされて終わったと聞いていた。
おそらくその方は、私がしようとした質問と同じことを聞いたのだろう。
見ると、提供者は残念そうな顔をしていた。

「失礼は承知で、と前置きさせていただいた通り、話をまとめるにあたって基盤になってる情報はすべて確認するようにしてまして。
馬鹿にしたいとかは全くないです。ただ、不快な気持ちにさせてしまったことは、本当に申し訳なく思います」
「いえ、前に公開していた取材メモを見たときに結構深堀りして聞いてくるんだろうなって思ってましたから。私の話聞いてくれるだけうれしいです」
彼女はまるで前回は聞いてもくれなかったと言わんばかりだった。
促すと、また話し始めてくれた。


最初は駅の中を通るのが好きではなくて、外から回ってみたのがきっかけでした。
そのほうが密を避けれるでしょう?
人通りが全くないわけでもなかったので、夜でも安心して歩いていました。
歩いていると、なんだか苦しいなって。
ヒステリー球ってわかりますか?ストレスとかあると喉がグッと詰まるんです。
それと似ている感覚でした。
あれ?何かのストレスかな?トンネルが怖いのかな?と自分でも不思議に思って考えたけど、思い当たることはありませんでした。

その夜です。
息苦しさは健在で、でもそのまま床につきました。
夢を見始めたな、と思いました。
なんだか寂しい場所で、ブラウスとスカート姿の女性に首を絞められたんです。
抵抗しても手の力がグッグッグッと入っていく。
あぁ、やばい。もう息が。
そんな時に起きるんです。
心臓はバクバク鳴っているし、毛穴という毛穴が立っている。
まさに生命の危機を感じたばかりの動物みたいでした。

それからその通りを通ると夢を見る。
これに気付いたのはここ半年ぐらいでしょうか。
夢の内容も、最初は首を絞められただけと思っていましたが、首を絞めながら、たぶん水の中に突っ込まれているんです。
グッグッグッとされて息が口から逃げる時。
その時に泡がね、ガパガパ上がっていくんですよ。
抵抗した時の腕の動きでも泡と水流が激しく現れる。
で、もうだめだ、の時に起きる。
まるで苦しめて遊んでくるみたいじゃないですか。

もうその通りに行っていないんですけど、どう思いますか。
通りに行かなければ、そんな夢見ないんですよ。


「首を絞めながら水に入れてくるっていうのはかなり残酷というか…確実に…って感じがしますね…」
「そうですよね?一応神社で神様にお願いしたりとか塩まいたりしてるんですけど…あそこを通って無事な夢見はありませんね…」

私はただの趣味の取材であって専門家ではない。
自分の中の知識で一緒に考えてみませんか、という趣旨で来ていただいている。
少しでも何か見つからないかと質問を重ねた。
天気、時間、普段の睡眠時間、夢の女性への見覚え、水への思い出…
どれもピンとくるものはなかった。
「お力になれず申し訳ありません」
「こんなに真剣に聞いてもらってうれしかったです。あと、オカルトトークも楽しかったです」
隙間隙間にオカルトの話を挟んで雑談をしていた甲斐があった。

「話まとめたら連絡しますね」
「楽しみに待っています!」

それからというもの、私はその場所の古い地図を入手した。
土地に足を踏み入れて障りがあるのなら、起こりやすい何かがあるだろうと。
そのあたりは局所的に盆地に近い地形をしている。
明治の地図ではちょうど、畑となっていた。
そばに竹などの記述も見られるので、おそらく湿気の多い土地。
またその反対側には茶畑のような記述もあり、こちらは排水性がよいと推測される。
当時の高低差はわからない。が、茶畑や畑の排水をため込むような竹林と仮定するに、下手をすれば土砂崩れなどもあっただろう。
また少し離れたところに池も存在する。

水に関係が深い土地だとしたら。

しかし都市開発が盛んな区間だ。
とっくに水はけ問題は整備されているはずだ。
ここまで考えて、夢の女性がブラウス・スカートであったことを思い出した。
すると時代はさらに進む。
ここで場所の由来を調べることにした。
『驚かせガード』と呼ばれるこの場所の由来は諸説あった。

・電車通過の轟音に、人が驚いたり、馬が暴れたりした。
・立体交差自体が珍しく、驚いた。
・一本道と思ったらガード下に交差点があって、横道からの人車に驚いた。
・道幅が狭く、自動車はすれ違いが難しく、対向車が来ないかおっかなびっくり、来るとドキッとした。
・排水が悪く、ガード下が池のようになっていることが多かったから。

また、水か。
ここに道路ができてからは、現代に至るまで交通量が多い。
溜まった水に人を沈めた、なんて事件はないだろう。

あとの手掛かりはブラウス・スカートぐらいだろうか…
どのようなものか聞くのを忘れてしまったことに気付く。
すぐにDMを飛ばした。
「二見さん、夢の女性の服装詳しく教えて頂いてもよろしいでしょうか」
「色付きの夢でないので色はわからないんですが、白のシンプルなブラウスにテロンとした素材の花柄の膝下スカートです」
数枚、こんな雰囲気だという写真も添付されてきた。

この時、私は取材のとき感じた違和感の答えを知ることになった。


「そうですよね?一応神社で神様にお願いしたりとか塩まいたりしてるんですけど…あそこを通って無事な夢見はありませんね…」


その場所を通ると悪夢を見る、とわかってから対策をしている。
のにも関わらず、彼女はそこを通っている。

取材の日、彼女の服装はブラウスにスカートであった。
送られてきた写真と、似たようなものだった。

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