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安全祈願

小雨が降りどんよりとした空だった。
こんな天気の日は危なそうだと思い、何となくバイクにつけてあった交通安全のお守りを胸ポケットに入れた。

私は鍼灸師であり、とある愛好家だ。
学生時代授業で扱った人体解剖が脳裏から離れないのだ。死体に関わると胸がざわざわといい気分になる。
死体を求め、そろそろ人を殺してしまいそうだと思った時。
ネットで樹海自殺の情報を見つけた。
これなら合法で死体を眺められる。
私は逸る気持ちを抑えきれずに休みの度にバイクに跨った。
樹海に入ってもすぐに死体は見つからなかった。
それでも血眼になり探し続けた結果、死体を発見できる場所の雰囲気がわかった。
大体道路から200~300メートルほど離れた足場の悪い所。
そこを狙って行くと必ず死体に出会えた。
腐って蛆の涙を流す死体を眺めたり、腐乱の様子を傍で観察するととても癒された。
うっとりとしながら帰路につけるのだ。

その日はかなりいい収穫があった。
折り重なった腐乱死体が見付かったのだ。
下になっている方は押し潰されて原型がなく、もう一方は黄色い上着を着ていて両足は折れた骨が飛び出ていた。

熱心に2つの死体を見ていたら、雨で足を滑らせて痛めてしまった。
右足は特に痛みが酷く、動くに動けない。
何とか戻らなければ、自分もここで死んでしまう。
脂汗がどっと吹き出した。

「何かお困りですか」
いきなり話しかけられて驚いたが、40代ほどの男性がいた。
「あぁ、助かった。実は骨折したかもしれなくて」
「それは大変でしたね。それでは首が吊れないでしょう」
男はニタニタしながら近づいてきた。
「お手伝いしますよ。ロープは無くしたのですか?私が持っていてよかったですね」

この瞬間、思った。
この人も自分と同じように死体が好きで、よもや自殺者を手伝ったりもしているのではと。
「違います違います。僕は死体を見に来ただけで死にたくないんです!」
自分でも驚くほどの大声が出た。何を思ったかお守りも見せた。
男性はこちらを睨んでから、舌打ちをした。
『もう少しだったのに』と言ってその場を去っていった。

それから私はわけもわからず這うように道路に戻り、通りがかった車に助けてもらった。

恐怖で支配された頭が警鐘を鳴らす。
彼が睨んでいたのはお守りを握る手元。
着ていた上着は黄色。
あれはもしかして…

それ以来、樹海には行っていない。
自分が死体になってしまいそうだから。

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先月、竹書房さんのマンスリーに出した作品です。
自作品では3作目です。

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