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土嚢のような

脚がない人が腰を下ろした時、どのように動くかご存じだろうか。

洋一さんは14歳の頃、競歩大会に参加したそうだ。

長野県にある湖をぐるりと一周する学校行事。冬の寒い時期にやるのに強制参加だった。
もちろん生徒たちのやる気はマダラ。
でも洋一さんは目立ちたい。女の子に一目置かれたいと思った。
なので下校後、個人的に練習をした。
流石に毎日一周はキツイので約2/3周、K水門まで。
K水門近くは駐車場がある。そこまで母親に迎えに来てもらうのだった。

辺りがとっぷりと暗くなる頃、洋一さんはK水門に近づく。
聞こえるのは車の走る音と水の音、自分の息遣いのみ。
水門のコンクリートの柱に自分の影が映る。
なんだか青春アニメみたいだなぁと呑気に考えていた。

柱の隣に水面にぎりぎりまで近づける階段がある。
距離として2mほど進めば湖に触れられるだろうか。
腰ほどの高さの柵戸が施錠されていて、覗くと暗い水面が波立つのが見える。
それを数分眺めるのが日課だった。

その日は、柵戸の向こう側に男の後ろ姿が見えた。
水面近くの段に腰かけている。乗り越えられない高さでもないので不思議ではなかった。
あぁ、今日はダメだな。とその日は通り過ぎた。

次の日も男がいた。
よく見ると昨日と同じ服、年頃は自分の父親と同じぐらいだろうか。
今日こそ水面でも見ようと思っていたがその場を去った。

また次の日、やはり男がいた。同じ服装で。
連日のようにいるので何かあるのかと気になり、話しかけた。
「おじさん、何をしてるの?」
男がゆっくりと振り向く。
体を捻った体勢、街灯にぼんやり照らされた表情は苦しそうであった。
「なぁ、迎え呼んでくれや…」
男は胴よりひとつ上の段に両腕を置く。力をこめる仕草をした後に体が持ち上がる。
ジャリッ…ドサッ…
砂の擦れる音の後に土嚢のようなものが落ちる音が続く。
男が一段近づく。

その時気付いた。
男がいたのは最下段。脚は水中にあることになる。
しかし脚は無い。上半身のみなのだ。
どうやってそこまで行ったのだろうか。

ジャリッ…ドサッ…

ジャリッ…ドサッ…

洋一さんはわけがわからないまま、母親がいるであろう駐車場へと走り出してしまったという。
なぜ自分が迎えを呼ぶよう頼まれたのか。そもそも迎えとは何なのか。
そんな事を考えながら夢中で足を動かしたそうだ。
近づいてくる土嚢のような音。今でも鮮明に思い出せるらしい。

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