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記憶の紙魚

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雨森が集めた怪談。 こっそり怪談イベントの感想も。 ※朗読や語り利用されたい方はご連絡ください。 内容の肉付け含め相談OK。勉強中のため無償です。
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#物書きさんと繋がりたい

えべっさん

漁師町で生まれ育った洋祐さん。 子供の頃から父親のような漁師になると心に決めていて、父親や漁師達と一緒にいる時は海の話を聞いていた。 そんなある日、聞いた事のない言葉を耳にした。 「えべっさんが近々揚がるってさ」 「そりゃいいな。稼ぎ時じゃねえか」 父親が嬉しそうに肩を回している。 「えべっさんってなに?」 「七福神の恵比寿様よ。来たら豊漁間違いなし」 「なにそれ! 僕も神様見たい!」 父親らが顔を見合わせる。 夜遅くに来るし、大人しか見てはいけない。 もう少し大人になった

オツトリさん

達明さんはスノーボードが趣味だ。 7年前の冬。 有給休暇を使って4連休を作り、スキー場近くのペンションを予約した。 お世辞にも綺麗と言えない宿だったが、その分安く済むのでウェアを新調できた。 派手物好きの達明さんらしい、明るい青が眩しいウェア。 彼は宿に着くなり、すぐに着替えてスキー場へ向かった。 初めての場所だったが、雪の状態がよかった。 ボード越しに雪の柔らかさが感じられる。 彼の実力的に楽しめるのは中級者コースだったが、思わず上級者コースにも足を伸ばした。 人気の場

白みくじ

酉の市を散策していた時のことだった。 楓さんは贔屓にしている飲み屋へのお土産を物色していた。 食べ物がいいか。それとも熊手がいいか。 境内をウロウロしているうちに、参道と砂利の段差に躓いた。 思わず手を着いたのは、おみくじの無人屋台。 くじの入っている生年月日の枠に掴まったため、代金を入れる小箱から小銭の音がした。 「おネェさん大丈夫?」 見ると隣に鮎の塩焼きの屋台があり、焼き場から男性が心配そうにこちらを見ていた。 少し強面の体格のいい男性。 好みの風貌に、思わず顔がほ

子守り禿

立花友紀さんには5歳になる息子さんがいる。 ひとり遊びをする年頃。 息子さんが架空の友人と遊ぶようになった。 母親に相談すると、友紀さんもそうだったと言われたそうだ。「もし、おかっぱ頭の男の子と遊んでいるようなら『あれはあなたの兄弟よ』と教えてやりなさい。それが最善策だから」 そのように言われた。 何が最善なのか。 理由を聞こうとしたが、息子が泣き始めために聞けずじまいだった。 息子の普段の様子を見るに、毎回同じパターンで架空の友人と遊んでいる。 まず部屋の隅を見て笑い、大

置き土産

始発が始まる時間。 新宿東口の広場付近では、家に帰れない事情のある男性が女性に声をかけることがある。 彼らの大体は夜職を生業としている人間だった。 アカネさんは帰宅するところだった。 声は枯れ、体が鉛のように重かった。 地下への階段を足早に降りた。 「すみません」 金髪の青年が現れた。 彼は人懐っこい笑みを浮かべて、擦り寄ってきた。 アカネさん好みの容姿であった。 「家に泊めてもらえませんか」 「営業ならお断りだけど」 「いえ、本当に泊めてもらうだけで大丈夫なんで。お金

子守歌の嘘

新宿区のはずれに小さい公園がある。 トイレとゴミ箱、それに地域の備品を置く物置があるだけ。 大学や専門学校が近いこともあり、そこで酒盛りをする学生がいた。 新田さんの先輩である斎藤さんもその1人だったそうだ。 夏の盛り。学校は夏休み中だった。 偶然、街で斎藤さんに会った。 久しぶりに見る彼は、見てわかるほど痩せていた。 「なぁ新田。あの公園、出るんだよ」 「何がですか」 「オバケ」 斎藤さんの真剣な表情に、新田さんは怯んだ。 少しせり出た眼球がこちらを睨む。 「だから、近寄

吐き溜め香

嘘袋、というものがあったと陽香さんは話す。 30年ほど前、中学生の陽香さんのまわりで小袋を持ち歩くのが流行った。 3センチ四方の手作りの巾着で、中には綿とかおり玉を入れたものだった。 気持ちが荒ぶる時に、袋に向けて話す。 ストレスの捌け口に使うのだ。 「家も学校も嫌だ」 「あいつが消えればいいのに」 「死ね」 陽香さんはよく、このように話しかけていた。 苛立ちを嘘袋とともにきつく握り込んで、様々なことを我慢した。 なぜか怒っている時はまるで匂いを感じないのだが、言葉をぶ

独白

昔、とある小学校の2階女子便所から男子生徒が飛び降りるという事件があった。 校庭に植わっていた柿の木がクッションになったということもあり、男子生徒に大きい怪我はなかったそうだ。 当初はいじめかと騒がれ、捜査された。 が、はっきりとした原因は未だにわからぬまま。 落下防止の対策を、と教育委員からお触れが出ただけで終わった。 原因不明のまま静かに幕を降ろされた、そんな出来事だった。 マリエさんという女の子がいた。 フィリピンのハーフで、たまに幽霊がいると怖がるような子供だった。

石鹸の臭い

酒谷さんは不動産会社に勤めている。 彼は営業部に所属しており、この部署には『0番』と呼ばれる仕事がある。 隠語にされているのは、瑕疵物件の確認作業だからだった。 当時、勤続3年目の酒谷さんに、この0番が発生した。 初めての0番。部長に告げられた時は心底焦ったそうだ。 「どんな物件なんですか」 「そう焦るな。お前に行ってもらうのは心理的瑕疵ってやつだから」 「幽霊ですか! 出るんですか!」 「いや、いないよ。そんなもん。だからさ、雰囲気とか細かいとこの確認してきてってこと」

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斎藤綾太さんは、何か趣味を持ちたいと考えあぐねていた。 人生が酷く無意味に思えていたからだ。 彼の日課は、休日に北池袋のリサイクルショップを巡ること。 役に立ちそうなものを数点買う。 けして楽しんでいるわけではなく、やる事がないだけだった。 この日も、ごちゃごちゃと物が置いてある店内をふらついていた。 すると、気になるものを見つけた。 「これ、使えるんですか」 「細かいことはわからないけど、使えるらしいよ。ほら、弦もしっかりしてる」 店主は、綾太さんが興味を持ったギターを

自鳴琴

森洋子さんが勤める介護施設にはレクレーションルームが設けられていた。 入居者はこの部屋で手遊びや歌、ゲームをする。 ここではぬいぐるみや人形も、なかなかに人気があった。 「もりさぁん。私、これ部屋に持っていきたいわぁ」 「レクレーションルームのものはみんなの物ですから、だめですよ」 入居者の澤田さんが見せたのは、オルゴール付きの犬のぬいぐるみだった。 20センチほどの大きさで、尻尾の上に小さなゼンマイがついている。 森さんは、澤田さんに見せるようにゼンマイを回した。 とても

誰か私を

CD収録に使われる某スタジオでのこと。 このスタジオはM駅のほど近くにあり、料金も安いこともあって様々なアーティストが使っていた。 しかし、ここには守らねば損をする約束事があった。 「入るなよ!入るなよ!」と録音機材の前で唱えてから、収録する。 これだけだった。 貼り紙もなく、口伝だけの約束事。 もちろん、これを知らずにやらない人間や知っていてもやらない人間も存在する。 そういった人間は、音源の編集をする時に必ず後悔する運命にあった。 歌声の裏に「ねぇ……ねぇ……ねぇ……

一期一会

多種多様化する動画配信アプリ。 その中でも上スワイプ操作するだけで次々と短い動画を視聴できるものがある。 AIが個人の傾向を掴んで動画を選ぶので、なかなかに中毒性が強いそうだ。 このアプリは、流行りの曲を用いた撮影やオリジナル音源の登録もできた。 留美さんはバンドを組んでいる。 何とか人気が出ないかと模索していた時。 その動画配信アプリで認知度を上げることを思いついた。 実際アプリを使ってみると、自分と同じような目的で使っている人間が多いこと。 早速自分のバンドでも投稿を始

呼鈴音

私の曽祖父は骨董屋を営んでいた。 亡くなった時は、骨董品含む店を売却し親族に遺産を分配した。 曽祖父は酷い認知症を患っていたもので、全て終わった時は安堵に似た溜息が出たのを覚えている。 名を、一郎といった。 寝たきりになった一郎を妻は甲斐甲斐しく世話した。 しかし、彼の妄言が酷くなるとノイローゼになってしまった。 衰弱する母親に妄言が聞こえないよう、離れて暮らしていた息子が動いた。 一階の居住区から二階の書斎へと彼の寝床を移したのだ。 これで四六時中汚い言葉を吐いていたのが