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道に迷っている観光客の人に、必ず日本語で声をかける理由

僕は住んでいる地域柄、海外からの観光客の方をよく目にします。(多分1日に何十人も見ている気が)

英語も海外も、人と話すのも好きなので、僕は道に迷っている外国人の方を見るとすぐ道案内をしてしまいます。

でも、よっぽど確信がない限り、英語ではなく日本語で話しかけるようにしてます。

それには2つの理由があります。

①日本生まれの日本人かもしれないから。

きっと少し前までだったら、日本人かどうかほぼ100%見た目で判断できたかもしれません。欧米系の顔立ちをした人が、日本語を話すなんてありえなかったから。

でも多様化が進んだ今は、そういう訳にもいきません。街中で無意識に「あー海外の人かな」と思っていた人が流暢な日本語を話し始めた、なんてことも珍しくないのです。

そういう日本生まれの純粋な日本人に対して、ただ見た目で外国人と判断して、英語で話しかけてしまうのは避けたいのです。

彼らからしたら、国際的なバックグラウンドを持ち日本で生活している以上、慣れっこかもしれないのですが、もし自分が彼らの立場なら結構傷つきます。日本人なのに日本で外国人扱いされるって、しんどくないですか?


②日本にずっと長く住んでいる、海外生まれの方もいる

僕が英語を話すよりずっと上手に日本語を話す海外生まれの方とお会いすることがあります。

そうやって長いあいだ日本に暮らしている方に、いきなり英語を使って話してしまうのは、何だか隔たりを作ってしまうような気がします。

例えばアメリカでは、どんな人でもしばらく住めばアメリカ人になれると言います。また僕のカナダの友人も、18歳のとき台湾からカナダに移り住んだのですが、どこの国の人かと聞かれたら「カナダ人だよ」と即答しています。

でも一方で、日本は何年住んだって日本人になりにくい雰囲気があるように感じます。だから、自分の選んだ言葉で、相手にそんな風に感じさせてしまうのは少し寂しいなと思うのです。


まあ考え過ぎなのかもしれませんが、日本にいる以上日本語で話しかけて傷つける可能性はゼロで、英語で話しかけて傷つける可能性が少しでもあるなら、日本語でまずは話しかけるのがベターなのかなと思っています。

あと根本的に、見た目でその人のアイデンティティを判断してしまうことに抵抗があるのかもしれません。これだけ多様化が進んだ社会なんだから、その多様性を前提にしたコミュニケーションをとらないとなって、そんなことを考えています。

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