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#32.【短編】21グラムの価値は

ー以前書いたこちらに出てくる風俗嬢視点の話ー

旦那と別れたのは3年前。結婚生活は安定していたけど、子供が生まれて以降ずっとレスだった。後はきっとありふれた話。疼きを持て余して、アプリで知り合った年上の既婚者との関係にはまり、それが明るみに出て離婚。彼のことは嫌いではなかったけど、思った程ショックではなかったことに自分でも驚いた。悔いがあるとすれば、娘に悪いことをしてしまったと思うこと。でも、当時憔悴しきっていた為どこかホッとした部分もあるのが正直な気持ち。とはいえ本当に申し訳ないと思っている。私のわがままで、捨てきれない部分で振り回してしまったことを。毎日寝起きと就寝前に無事と健康を祈ることが私の中での小さな贖罪のつもり。勝手だね。

水商売の経験は学生時代のキャバクラが半年。風俗業はこのお店が初めて。パート先の店長が変わりセクハラが横行したので、続けるのが嫌になった。職場も近いし、仲の良い人もいて気に入ってたんだけどな。そんな時ふと見つけたソープランドのキャスト募集案内。「自分に務まるかな」「嫌な客がきたらどうしよう」と不安は尽きなかったけど少しでもお金を稼ぎたい。働くことは生きることだ。美化せず綺麗事でごまかさないのは数少ない自分の好きなところ。

2年くらい前から通い始め、その度に指名してくれている人がいる。名前もどこに住んでいるのかも知らない。知っているのは、吸っている煙草の銘柄が同じなこと、バツ一で5歳の娘さんの親権は別れた元奥さんの方にあること、そして果てる時に案外可愛らしい表情をすることくらい。人と人が繋がるのはそれくらいで十分でしょう。きっと。

Gパン、スニーカーといつもシンプルなファッションで来る彼は、声のトーンが落ち着いていて丁寧で優しい。ハグの具合も良い。仕事でするSEXはただの作業、早くこの時間が終われと思うだけ、という話はよく聞く。というか、こういう仕事の場合きっとほとんど皆そうでしょう。勿論そう思うこともあるよ。きちんとしたお店だから客層も悪くないけど、それでもやっぱり色々な人がいるから。だけど、元々セックスは好きで楽しんでいるし、何より私で気持ちよくなっている様子を見るのは、やっぱり悪くない。少しクールそうなのに、委ねて甘えてくる感じが結構くすぐられる。モテるだろうな。ちくしょう、愛らしい顔で笑いやがって。ありがとう。小雨降る肌寒い日の夜、最後の相手があなただったのは結構嬉しかった。

仕事を終えて家に帰る。築5年の1DK。壁にコートをかけポッドでお湯を沸かす。ナッツチョコ系のインスタントコーヒーがお気に入り。主張があるけどくどくない。肯定も否定もせずただ一緒にいられる人のような居心地の良さがある。浴槽にお湯をためる間にメイクを落とす。あぁ、何て落ち着く時間だろう。今日もあなたへ辿り着いたことに安堵する。

ふと思い出して昨日出勤前に買った本を鞄から取り出し読み始める。『魂の重さは何グラム』という本。どれくらいだろう。昔読んだ漫画では21グラムという話を見たことがあるけど。別に何でも良いけど、私が生きて足掻いた何かが21グラムも残るのは悪くない。でもその魂はどこへ行くのだろう。積もりに積もった誰かへの想いとしてこの世に残るなら、その誰かの元へ行くのかな。もしそうなら私の魂は誰に何グラム行くかと考える。20グラムはどこへ行ってもいいけど、残りの1グラムだけは誰の所にも行ってほしくない。その価値は分からないけど、留まって留まって、留まり続けてあってほしい。誰のせいにもせず生きているのだから、それくらいの場所は借りてもいいでしょう?

End.




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