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Road to 2023 ~女子サッカーW杯 開催国決定までの道のり Part3~ 日本、敗戦の本質

前回はオーストラリアというサッカー界における特殊な国やその動向を分析し、なぜアジアで大きなプレゼンスを持つに至ったかを説明しました。今回はシリーズ最後、ニュージーランドに少し焦点を当てた後、ANZ勝利に至るまでの道のりを解説します。


ニュージーランドの接近

今回、ANZの最大の勝因はニュージーランドの接近と考えます。なぜ、ニュージーランドはオーストラリアに接近したのか。今回、ニュージーランドという小国がどういう勝利のシナリオを描いていたのかを見ていきます。

ニュージーランドは過去8回の女子W杯のうち、直近4回を含む5回の出場をしています。実は今回開催地として立候補した中では、日本/ブラジル = 8回、オーストラリア = 7回に次ぐ4番目の出場回数となります。また、影響力こそ弱いものの、これまでW杯開催したことがないオセアニアという地域で確固たる地位を築き、FIFAのサッカーの南半球への普及というビジョンに合致する部分を持ち合わせていました。

しかし、今回ニュージーランドが最も強みとしていたのは、「女子」というキーワードにおける部分です。ニュージーランドサッカー協会の会長は女性です。FIFAの現在の理事に女性は(私のカウントが間違いなければ)3名おりますが、立候補国ではニュージーランドだけです。加えて、ニュージーランドは国家元首も女性であり、女性の社会的地位向上という訴えを最も体現した国家と言えます。今回の誘致に向けて会長であるジョアンナ・ウッドはロビー活動も相当積極的に行っていました。

ニュージーランドの思惑が崩れたのが、何度も登場する参加国数の32ヶ国への拡大です。このニュースは国内で極めて悲観的に伝えられます。

この瞬間、彼らの選択肢に「共同開催」が現実的に浮かび上がったと推測します。これを裏付ける他の記事もあります。

これは32ヶ国拡大が発表される前なのですが、記事の中でニュージーランドサッカー協会暫定CEOのプラグネル氏が、大会規模の回を追うごとの拡大傾向に言及し、今回は「最後のチャンス」と述べています。

当時のFIFAの規定では24ヶ国で開催される予定だったW杯において20000人収容可能なサッカースタジアムを6か所用意できることが条件としてあり、ニュージーランドはこれをギリギリ満たしている、と自ら述べています。別の言い方をすると、将来的なFIFAの拡大構想に国として対応可能かは未知数であり、本大会の招致に賭けていました。そして32ヶ国への大会規模の拡大が現実となったのです。今大会にかけるニュージーランドと、そこで直面した大きな壁。そこから前例のない大陸を越えたサッカー協会間の共同開催案につながっていきます。(実際、ANZの最終提案において、利用スタジアムは全13で、ニュージーランドはうち5スタジアムとなっている)


ANZにとっての2つの壁

ANZ案はビジョンの大きさ、南半球というFIFA方向性との親和性や地の利、両国首相の完全バックアップ、女性リーダーの牽引など、客観的には最も優れた案に映りました。結果からみると他国と比べても魅力的な案である一方、当然その過程ではなかなか客観的に見ることは出来ません。加えて、W杯誘致とは結局のところ政治による票取り合戦でもあるため、案の優劣は決定における必要十分要件とは限らないのです。

ANZにとってのライバルはブラジルと日本でした。

ブラジルに関しては、10年以内の開催経験アリということで、開催能力が実証されています。そしてそれが可能なサッカー界における政治力を有しています。実際にFIFAの視察がスコアを付ける場合、過去の開催地に対する低スコアは自己否定にもなり、容易ではありません。現在FIFAではカタール大会を中心とした汚職問題で組織の透明化を図り、その過程で投票国と投票先の公開などを実現しましたが、透明にしているが故にブラジルが残ることは非常に様々なしがらみを持った不確定要素が残ることも意味していました。


ブラジル「辞退」の意味

ところが思わぬところでブラジルが離脱します。中間報告書発表の2日前というタイミングで、ブラジルはコロナを端とする国内経済環境の悪化を理由に「辞退」をするのです。

FIFAはこの中間報告書の公表前の「辞退」という部分に向けてかなり水面下で「調整」を働かせたのではないか、と私は見ています。スコアが低すぎるとFIFAは自己否定になりかねず、2014年開催国決定の腐敗の議論を再度呼びさましかねない一方、それなりに良いスコアが出てしまうと、ブラジルが社会基盤が問題を抱えているにも関わらずブラジル開催というFIFAにとっては将来のリスク要因が残ってしまう。その模索した妥協点が中間報告までの辞退だったと見ていますが、FIFAがどのようにブラジルに辞退を促したのかは非常に興味深いです。

これに歓喜したのはANZ、特にオーストラリアです。オーストラリアはFIFAの政治に翻弄され続けています。まずは2010年頃、2022年のアジアでの男子W杯開催において立候補しますが、全く票を集められずに早い段階で敗退し、FIFAの組織票の重要さを痛感します。

今回、オーストラリアが敗北を覚悟した瞬間というのがあります。UEFAのコロンビア支持表明です。4.1と2.8というこれだけのスコア差があり、FIFAから商業的な魅力を極めて高評価されていたにも関わらず、UEFAと南米というサッカー界における巨大な2つの組織がコロンビアに投票を直前に表明したのです。この瞬間、オーストラリアには2010年の悪夢が蘇ったと言われています。しかし、今回思いもよらなかったのは北中米とアフリカがこれに追随しなかったのです。これによりANZは勝利を手にしたのですが、これがコロンビアでなくてブラジルだったらどうなっていたのか。なんとなくですが、FIFA会長を含むサッカー界の新しい風と、古い利権を持つエリアの対立という構図も見え隠れして面白いです。そして、我らのJFAはこういったものをきちんと分析し、活用していくことが求められています。

いずれにせよANZのライバルはブラジルの辞退により日本となりました。実は日本にはこの時点でまだ勝ち筋はあったのですが、中間報告を以てほぼその敗北という末路が決定します。


日本はなぜ敗北したのか ~あがいた12日間!?~

日本が敗れた理由は色々とありますが、逆に結果的に見ると極めて優れたANZ提案に関して日本の勝ち筋はどこかにあったのか。日本の場合、Ifのほうが比較的シンプルに思えるため、この切り口から見ていきます。

FIFAにしろANZにしろ、多数派工作を行う上で重要なことは、賛成者がネガティブな印象を受けないことです。特に最終投票が公表式となったため、従来以上にその判断に各国は説明責任が問われる形になりますし、他国からその行動を懐疑的に見られることには当然各国ともに慎重になります。

この文脈において極めて重要だったのは、中間報告書のスコアでANZが日本をわずかでも上回ったということです。これにより、東南アジアとAFC全体でANZ案を支持する大義名分が出来ました。もしスコアが逆であれば、たとえANZ案がFIFAの方針に合っていようとも、コアメンバーに女性がいようとも、「開催の質が日本よりは低いところで行われるW杯」という見え方が残ってしまい、投票国にも迷いが生じ、なかなか一枚岩にはなれません。FIFA会長もANZに投票していますが、最高スコアの国だからこそ、周囲の声など気にせず同案に投票できたのです。

開催における大義名分など「名」の部分をそれぞれの候補国は作りつつも、ANZ案がそれなりに魅力的だった。そこに「実」の部分まで手にしてしまったので、日本としては万事休すです。逆にここで負けていなければ、少なくとも最終投票に進んだはずです。私の想像ですが、ひょっとしてJFA内部でも中間投票直後にこのような分析的な見方をする方がいて、すぐに「辞退」という選択肢も話されたのかもしれませんが、JFAとしても最後まで闘おうともがいた12日間だったのかもしれませんね。日本の票田がどこかは掴めていませんが、東南アジアとオセアニアを取られ、AFC副会長でもあるに関わらずAFCがANZにつき、UEFAと南米が取られたら敗北は仕方がないですね。カウント上は投票に進んだら0票だったのかもしれません。


今後、「日本開催」はあるのか?

今回の開催地決定の間に出た様々な議論を見ると、W杯の大規模化は既定路線であり、また大会を複数国で行うのもトレンドとなる可能性は高いと思われます。2027年の候補としては南米か欧州ですが、正直東欧や北欧あたりの共同開催案が勝つのではないかと思っています。で、その両大陸を通らずに8年後にアジア、というのはちょっとハードルが高い印象ですので現実的には2035年でしょう。そして、そこではおそらく日韓という共同開催を世界で初の男女で実現、のような枠組みをぶつけていくことになるのではないかと思います。

ちなみに、日韓のサッカー協会の中は決して良くありません。端的に述べるとAFCの会長選で以前から揉めているようです。1カ国に利益が集中しないという意味でも共同開催がトレンドな中、中国は既に2回女子のワールドカップを開催していることもあり、現実的に日本が組むべきはやはり韓国です。この共同開催を実現できる人材こそが次の女子W杯誘致には必要となるでしょう。そして、そのためにはWEリーグなどにより韓国からも多くの選手がプレーをしにくるなど人的交流が促進され、両国の関係が大きく前進することも期待されます。

JFAはANZ決定の中で、時差のない大会になるために日本のメリットは大きい、と述べましたが、前回のフランス大会の成功や熱狂を見ると女子のW杯のイベントとしての成長はすさまじく、JFAの弁は負け惜しみに聞こえてしまいます。とはいえ、サッカーにおいてW杯が全てではなく、近年はCLのほうが男子W杯よりも盛り上がりを見せるなど、クラブチームや地域トーナメントも成熟し始めています。アジアの女子でもACLのトライアルを2019年末に行い、日テレベレーザがチャンピオンとなるなど新たなトレンドが確実に出てきています。このように日本の女子サッカーはアジアと世界において圧倒的なプレゼンスを持つ稀有な存在であるため、これを1つ上のレベルに早く持ち上げられることを願うと同時に、次のアジアでのW杯開催を今度こそ勝ち取れることを願っています。


バックナンバー :

 Part1:https://note.com/tetsuo_oyama/n/nda1efee34ec3

 Part2:https://note.com/tetsuo_oyama/n/n6c7c8fafdeef







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