焼き鳥は塩、揚げ物も塩、目玉焼きも塩

僕はいわゆる塩厨である。塩厨とは簡単に言えば、なんにでも塩をかけて食べる人種のことだ。〇〇厨という言い方はもはや死語なのだろうか。インターネット老人会の仲間入りだ。それはまあいい。
厳密に言えば「塩派」であって、他派を貶める発言をする「塩厨」とは違うのかもしれないが、語感が好きなので塩厨ということにしている。

さて、この塩厨。他派によると以下のような発言をするイメージになるらしい。


「素材の味を楽しむ」
「塩でその店のレベルがわかる」
「素材の味」
「タレはタレの味しかしない」
「素材の味」
「素材の味」
「素材の味」

これは某巨大掲示板を筆頭に、一昔前のインターネッツで使われていたAAから抜粋した言葉だ。

なるほど、わかる。
塩厨に対するイメージというのはこういうものだし、自分も「いるいる、こういうやつ」と思う。

だが、待ってほしい。
こういうことを言うやつらは、僕の思う塩厨ではない。こんなやつらは、塩厨というよりどちらかといえば「意識高い系」に属するやつらだ。素材の味だの、店のレベルだの、なんだかわかったような口を利きたいだけのやつらだ。

塩厨(何度も言うが、ただの塩派という意味だから、そもそも間違った言葉遣いなのかもしれない)を自負する僕は、もっと低次元な位置にいる。「この料理は塩が合う」というレベルですらない。

僕はただ、塩の味が好きなだけなのだ。

素材の味?知ったことか。素材の味が楽しみたければ生で食ってろ。

ご飯に塩をかけただけのものを食べたりするし、具なしの塩焼きそばも食べる。適当な野菜や肉を塩だけで炒めて食うのも好きだし、味が足りなければとりあえず塩だ。なんならお腹が空いたときに塩だけ舐めたりする。別に腹は満たされない。

どうだ。なんと低レベルなことか。僕の思う塩厨ってのは、こういうやつだ。

もちろん、他の調味料が嫌いなわけではない。物によっては他の調味料が合うこともあると理解している。ツナはマヨだし、卵かけご飯や刺身は醤油だ。だが、おそらく塩を選ぶ頻度が平均よりは高いと感じている。

しかも、特に塩そのものに対するこだわりもない。岩塩とか美味しいよね。美味しいんだけど、別にそれじゃなきゃとは思わない。普通にスーパーで売ってる安い塩でいい。なんでもいい。塩さえあれば、とりあえず食事はどうにでもなる。塩厨は、いや、少なくとも僕はそういう人間だ。

そういえば、ちょっと前にこんなnoteが書かれた。

このnoteでは、食塩とアジシオは違うものだとされている。

待ってくれ。そうだったのか。アジシオと食塩、違うものだったのか。でも、そんなに違うだろうか。僕はあまり違いを感じていない。炒めものをするとき、手近にある方を使うし、それで味の違いを感じたこともない。

このnoteは「食塩でサラダを食うのは野蛮人である」とされているが、それなら僕は野蛮人だ。普通に食べるだろう?違いがわからん……。このnoteを書いた人は、味の違いがわかる人だ。羨ましい。いや、別にわからなくてもいいや。どっちにしても結局塩は美味いから。

素材の味はどうでもいい。塩の種類もどうでもいい。それでも塩が好き。こんな人種もいるのである。

世界には今日も塩をかけて適当な食事をする人がいる。

〜fin〜




P.S.スイカに塩はかけません

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