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中国山地の背骨

中国山地の脊梁部、要するに背骨。

標高1000m前後、豪雪、高原、そして過疎。


背骨の写真

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昨今の記録的積雪不足により、開店休業状態のスキー場


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八幡湿原、失われた湿原環境を取り戻そうとしている


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湿原、腐らない草


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濃霧と湿原


中国山地の歴史と「もののけ姫」

中国山地脊梁部は、過酷な自然が故に様々な自然環境が残されている貴重な地域でもある。

ブナの原生林や湿原などは、昭和初期までかなり良い状態で維持されてきた。

しかし、戦後になって石油エネルギーの圧倒的な力により、貴重な自然は破壊されていった。

が、現在は木材・炭の資源需要の減少、そして人口減少により、この地域は資本主義経済から取り残されていくことになる。

皮肉にも、そのおかげで貴重な自然が残され、そして今、かつての環境を取り戻そうとする運動が行われている。


この渋い雑誌は、中国山地の河川の上流地域がメインとなっているが、非常に面白い内容であった。

中国山地は、明治時代まで日本のエネルギー資源の一大生産地であった。鉄、炭、牛の産地であり、これはすなわち農具や武器の材料、熱エネルギー、動力である。

江戸時代までの日本は、ほぼ自給自足経済であり、国民のほとんどが農民であり、わずかな鉄製品、煮炊き用の炭、運搬や動力としての畜産を利用して生きていた。

現代はこれがすべて石油エネルギーに置き換わっている。プラスチック、火力や原子力発電、重機などなど。一見、石油エネルギーと相なれないモノであっても、その輸送や製作過程で石油が使われている。


島根県は広大な面積ながらその殆どが山である。しかしその9割以上に人間の手が入っているという。9割である。

その殆どが、上記の生活する上でのエネルギーへと人力で変換され、各地へ「輸出」されていた。

江戸時代までの中国山地は、エネルギー生産拠点だったのである。

よって豊かな地域だったのだ。

明治維新後、富国強兵政策により石炭・石油エネルギーへの転換が図られると、たたら製鉄、炭、牛などのエネルギーは次第に廃れていき、中国山地の人間は都市部へと流入していく。

中国山地の人口減少は今に始まったことではなく、明治からすでに影響があったのだ。

最近は、3.11等の影響で自給自足経済が見直されており、自然への回帰が歌われている。雑誌でも言及されているように、都市部の生活から離れて、中国山地へIやUターンしてくる若者も多いそうな。


が、個人的に面白かったのは、かつての中国山地が資源の宝庫であり、現在、田舎の風景として「いいね」されまくっている棚田や里山の風景が、実は破壊された超人工的な風景であるということだ。

たたら製鉄では、山を崩し、川や水路に土砂を流して砂鉄を集積する鉄穴流しが行われる。

これにより、下流地域に土砂が流れることになり、洪水の影響にもなる。この土砂と岩を利用して作られたのが、棚田である。

さらにこの土砂の影響で、下流に平野が形成されることもある。

この自然破壊は、「もののけ姫」で描かれていた。たたら製鉄作業では、膨大な熱エネルギーが必要であり、そのすべてが森林伐採により提供されていた。

里山や棚田の美しい風景は、こういった自然破壊の産物でもあったのだ。

しかし!自然破壊といっても、現代行われているような資本主義原理に則った破壊ではなく、あくまでも自給自足経済を維持できる程度の破壊である。

だが広島藩の記録では、下流地域の洪水被害がひどいためにたたら製鉄を辞めさせられたケースもあったようだ。


そう考えると、「もののけ姫」で描かれていたのは何なのかと考えてみる。

エボシ御前は、自分たちの生存圏を拡大するためにシシ神のいる原生林まで手を付けた。

自分たちの生活を守る=武器や人間が必要=鉄生産を増やす=豊かさを狙って敵が増える=さらに武器や人間が必要・・・

エボシ御前は、自らの生活と安全を守るために資源の収奪を拡大していった。しかし豊かになることは敵が増えるということであり、これは現代の資本主義経済の終わりなき戦いに近い。

完全な自給自足経済は、自然に依存した状態であり、人口や生活レベルがある程度の枠内に規定されてしまう。人間の欲がそれを超えた場合、経済原理に則った自然破壊が始まる。

狩猟採集民の人口はある範囲内で維持される。それは常に移動した状態であり、自然から算出されるものだけで生活しているからだ。そのため、子殺しを行い、足手まといの人間も殺す。

どこまでを自然破壊と規定するかによって意見が分かれるだろうが、エボシ御前は現実主義者が故に「やんごとなき人々」の欲の片棒をかつぐことになった。エボシ御前は、人間界の権力闘争の末端に位置づけられたのだ。

シシ神殺しは、自然から排出される富の余剰で生きる権力者の欲と、それに取り入る人間の欲、それが集積された結果であった。


江戸時代の日本の人口は3000万人くらいだったらしく、日本の国土で自給自足経済をしようとすればそれが限界のようだ。

明治より石炭・石油エネルギーへの転換、輸出入によるエネルギーの変換、さらに医療技術の進歩などにより人口は急激に増加した。

江戸時代までのエネルギー需要を賄っていた中国山地の人口減少が示しているように、これからは日本全体での人口減少時代となった。

これをエボシ御前のような振る舞いの結果と見るか、それとも単なる経済政策の失敗と見るかによって、今後の日本の行末も変わってくるだろう。


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