音楽ジャンルの垣根

20世紀の終わりくらいまでは日本のクラシック系の人たちがクラシック以外のジャンルの音楽家を評価し、受け入れる基準は「ナディア.ブーランジェとの接点があること」だけであったように思われます。アストル.ピアソラもエグベルト.ギスモンチもキース.ジャレットも期間の長さは定かではないけどナディアとの接点がある人たちでした。時代が下がってナディアに師事することが物理的に不可能になってしまった世代で素晴らしい音楽を作っている人で日本のクラシック畑で評価される人は皆無であるように見えます。個人的にはジャズのフィールドではすでに亡くなった人ではKenny Wheeler, 現在も活躍する人ではMaria Schneiderあたりの人の音楽はクラシック畑の人にも結構受け入れられるのではないかと思っているのですが。映画音楽の分野ではJohn "Star Wars" Williams一人勝ちな感じですが、アメリカの映画音楽ではJerry GoldsmithやMiklos Rozsaなどオケを使った面白い人がゴロゴロしています。これが顧みられることもほとんどないんですよね。個人的にはジャズもクラシックも同じくらい好きというか20世紀中期のアメリカのジャズとクラシックが同時進行していた時代の状況というかその時代の音楽の面白さを感じていますし、ここの垣根が外れたら面白いのになぁ、と思い続けています。

片やジャズ愛好家の人たちの多くがクラシックを堅苦しいお行儀の良い音楽、みたいなイメージで遠ざけているような感じもするのですが、理論的にはクラシックと土台は共通していますし、いわゆるジャズの和製の理論のアカデミック化の後ろにはシェーンベルグ とかヒンデミットとかミヨーとかあの辺りのクラシックのコンポーザーがいるわけだから、そのあたりから入り込んでいったらジャズ側の人が持っているジャンルの垣根も超えられはしないかなぁ、と。

この手の話は詰まる所日本で音楽評論をして情報発信している人の大部分が音楽を全ジャンル横断的に聴いておらず、自分の好きなジャンルというフィールドの中でしか情報を出せないから起きるんだろうなぁ、とは感じているのですが。それって勿体無いですよね。

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