ショートストーリー集『ミックスサンドイッチ』より『喜寿の戦い』
この度、私が書きました短編小説集『ミックスサンドイッチ』が電子書籍となって復活いたしました。
せっかく書いた小説だもの、できれば多くの方に読んでいただきたい。
でも、その為には、どうしたらいいのだろう……と途方に暮れる私に、徳間書店の元担当編集者、大久保さんが助け船を出してくださいました。
「noteに何編か載せるのはいかがでしょう」と。
という訳で『ミックスサンドイッチ』の中から、厳選した三編をnoteにて公開させていただくことにしたのです。
『喜寿の闘い』
今朝、白寿が死んだ。昨夜の戦いの後に熱を出し、明け方、布団の中で息を引き取った。
「年も年ですから、大往生です」
白寿の家族が和やかに報告してくるのがやりきれなかった。
「去年の米寿といい、死因が老衰とは……。老兵はただ消え去るのみと言うが、戦いで命を落とさなかったのは不本意だろうな」
卒寿が黄色のスーツを着ながら独りごちた。
全員がスーツに身を包み、シューターシートに腰をおろす。
「どっこいしょ」
それが我々の合い言葉だった。これから再びやってくる死闘を思うと、誰もがこう言わずにはおられない。
シューターシートが高速で地下へ落ちていく。俺は入れ歯が抜けないように歯を食いしばり、オールドフェニックスに到着するのを静かに待った。
「敵は黙祷をしている暇を与えてくれないようだ。すでに第一種警戒態勢に移行した。出現した場所は浜松。近隣住民には避難勧告が出されている。諸君、今すぐ出動してくれ」
司令官の百寿が指示を出す。また点滴の数が増えたようだ。
彼の後ろにある巨大モニターには異星人が怪光線を出し、人が溶けて死んでいく様が映し出されている。俺の体が震えているのはパーキンソンの症状だけではないだろう。
三年前まで地球はとても平和だった。革新的な遺伝子操作により、食物はふんだんに供給されたし、医学の進歩もめざましく、平均寿命は全世界的に伸びた。地球上では様々な紛争が解決し、宗教上の争いも、余裕ある生活の下で育った指導者により、なあなあの解決を見て沈静化していた。
国連はこの機を逃さず、闘争本能や縄張り意識を司る大脳辺縁系に作用する薬物を全人類に投与する決定を下し、その結果、地球上での紛争はほぼなくなった。ただ、この薬物は高齢者には刺激が強いという理由で、六十歳以上への投与は見送られたのだった。
それを待っていたかのように異星人が地球に攻めてきた。少人数でやってくるところを見ると、侵略する事が目的ではないようだった。だが彼らは非常に好戦的で、次々に人を殺していく。無差別に、猟奇的に。奴らは人を殺すことを明らかに楽しんでいた。
ハンターだと、俺は思った。奴らは狩りをしに地球へ来ているのだと。
マタギだった俺の祖父は、生活の為に狩りをしないハンターを嫌っていた。殺すことだけに生き甲斐を求める輩を嫌悪していた。
俺は異星人を嫌悪した。そして、奴らと戦うことを決意した。
各国の軍隊は縮小し、災害救助活動にのみ活躍していたし、国連軍も解体されていた。薬の作用により、異星人と戦おうとする若者は誰もいなかった。地球の未来は我々高齢者にゆだねられたのだ。
立ち上がった高齢者が戦闘集団を作った。
その名は、『長寿戦隊ワカイモンニハマケンノジャー』だ!
七十歳の足達は古希レンジャー、戦闘服は紫!
七十七歳の俺は喜寿レンジャー、戦闘服は紺!
八十歳の中村さんは傘寿レンジャー、戦闘服はゴールド!
九十歳の池谷さんは卒寿レンジャー、戦闘服は黄色!
百歳の司令官、小宮山さんは百寿レンジャー、戦闘服は白!
五人揃ってワカイモンニハマケンノジャー!
ドッコイショー!
「どっこいしょっと」
そう言って我々は浜名湖に降り立ち、警察資料館から持ってきたグレートナンブM700を手に散開した。
百寿がキャスター付き点滴棒を押す看護師をかばいながら前へ進む。レンジャーの中で唯一戦争を経験している彼は銃剣を前に構えて矍鑠としている。我らの手本だ。
「鬼畜発見!」
百寿が叫んだ先を見ると、大きな蛾のような異星人どもが、三階建てビルの屋上に立っていた。そこから奴らはきんつばを投げてくる。だがそれは和菓子ではない。きんつばの形をした武器なのだ。やつらは我々の好物を調べ、その形に似た武器を生産していた。俺は車の陰に隠れながら、これまでの悪夢を思い出した。
──珍寿は大福型の爆弾にかぶりつき爆死した。茶寿は老眼鏡型の爆弾を「ここにあったか」とかけて爆死した。半寿は『オレオレ詐欺攻撃』で大金を振り込んで憤死した。大還暦は走馬燈のホログラフを見て「お迎えがきたわい」と息絶えた。
その経験を経て、我々は学んだ。もはや和菓子には目もくれない。孫ロボットにも警戒を緩めない。我々は地球の未来を背負っている。そんな事で死ぬ訳にはいかないのだ。
しかし今日の敵は強かった。奴らは特殊な機械で露天風呂を突如、商店街の道に出現させた。湯の上には盆が浮かんでいて、そこには徳利と猪口が載っていた。
嫌な予感がした。卒寿は温泉が三度の飯より好きだったからだ。
「警戒せよ!」
そう俺が叫んだ時、すでに卒寿は戦闘服を脱いでいた。その戦闘服は科学の粋を集めた特殊な繊維で出来たスーツで、それを脱いだが最後、我々は単なる老人に戻ってしまう。
「卒寿うぅ!」
ありったけの力で叫んだが、戦闘服を脱いだ卒寿は、耳が遠い老人に戻っていてその声は届かない。
卒寿が「いい湯だな」を歌いながらその露天風呂トラップに近づいて行く。
危険だ。あのトラップにはまったが最後、卒寿は帰らぬ人となるだろう。だが、俺には助けに行く余裕がなかった。なぜなら目の前に……古今亭志ん生がいるからだ。
いや、当然こいつは異星人の変装なのだが、『火焔太鼓』をやっている志ん生から目を離すわけにはいかなかった。俺は『ヘルパーさん』に応援を要請するのが精一杯だった。
「半鐘? だめよ、おじゃんに……」
そこまで聞いて俺はようやく引き金を引いた。異星人の気味の悪い断末魔が響き渡る。
『サゲ』を知っていて良かった。知らずに全て聞き終えた瞬間に、俺はヤツに殺されていただろう。その『古典落語呪縛』から解き放たれた俺は、卒寿の救出に向かった。
危機一髪だった。卒寿はヘルパーさんに連れられ、救護車『デイケア』に運び込まれていて無事だった。
古希が最後の異星人を倒し、ようやく戦いは終わった。
浜松の被害状況は甚大で、我々に勝利を噛みしめる余裕はまったくなかった。本部に戻った我々に残ったのは、激しい徒労感だ。
闘争本能をなくした若者達は我々を野蛮だと罵り、いくら助けても感謝されることはない。浜松の住民達も、家やビルの陰から顔は出すものの、賛辞の声を上げるものは誰もいなかった。
だが、我々は戦い続けるだろう、地球の平和を守るため、そして、かわいい孫を守るため……。
戦闘の一日が幕を閉じ、俺は布団に入った。
『老衰での安らかな死』との戦いが、今、始まる!
(おわり)
この短編小説はこちらに収録されております↓
甘いフルーツサンドのようなラブストーリーも、マスタードがピリリと効いたハムサンドのようなハードボイルドも、ベタベタに甘いピーナッツバターサンドのようなギャグも、いろんなサンドイッチが詰まったような短編集。
「ああ、だからミックスサンドイッチなのね?」はい、そうなんです。
1話、だいたい電車2駅分。
通勤時に、トイレのお供に、おひとついかがですか?
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