SNSアプリから離れてみる
最近無意識にSNSを見ている時間が増えた。
SNSの中でも特にInstagramを無意識に開いていることが多い。スマホを開くたびにさも義務であるかのようにインスタグラムを開き、フォローしている人たちの投稿を眺めた。
完全に無駄な時間である。
他人の投稿を眺めたところで自分にとっての有意義な何かを得ることはほとんどなかった。それどころか自分の実生活と、キラキラして輝いて見える投稿を比較してなぜだか劣等感に苛まれることの方が多い。
誰もがSNSの中ではキラキラした自分でいたいだろう。
例え実生活とかけ離れたものであっても、他人からの見られ方を気にして偽りに自分をSNSの中で作り上げていく。
俺はもうSNSを見ることに疲れた。承認欲求と自己顕示欲にまみれた世界に疲れたのだ。
そんなわけで昨日Instagramのアプリを削除した。ついでにTwitterも削除した。
SNSから離れてまだ1日しか経っていないのだが、何かと気がつくことが多い。
まずは時間的余裕ができた。
無意識のうちにSNSを眺めていると、思っていた以上に時間が経つのが早い。仕事の休憩時間も他人があげた投稿を眺めるだけで終わっていたことが多かった。
SNSから離れてみると、そのような無駄な時間の浪費ができなくなる。仕事の休憩時間、考え事をする時間が増えて小説の下書きがいつにも増して捗るようになった。
次に、誰かを羨ましがることがなくなった。
SNSの世界では、誰もが虚像の自分を作り上げていることが多い。
実際の自分より大きく自分を見せている世界なので、そんな投稿ばかりを見ていたらどうしても、現実の自分と比較して「キラキラしてていいなぁ」と思うようになる。
必要以上に自分の自己肯定感を下げかねないので、他人と自分を比較してテンションが下がるくらいだったら、見ない方がいいだろう。
情報が全く入ってこなくなったという点においては、まぁ今の所特別不便を感じていない。
SNSから得られる情報というのはたくさんあった。
普段は会えない知り合いの近況などの情報も、SNSを通して得ていた。
例えば友達と遊んでいる様子であったり、遊びに行った場所の様子であったり、彼女彼氏ができた様子であったり、結婚出産したという情報だったり。
このような知り合いの情報というのは全てSNSを通して得ていたのだが、SNSをやめると一切入ってこなくなる。
知り合いは今いつどこで何をしているのか?最近あいつは何をしているのか?全く分からない。
多少は気になるけれど、それを知ったところで自分にとっての何かになるのかと言われると、何にもならない。
色々書いてきたけれど、SNSを1日やめて1番の恩恵は心に余白ができたことだろう。
いつの間にかSNSにコントロールされていた心だったが、離れてみると現実世界をより感じるようになる。
SNSのために遊びやお店を選ぶのではなく、本当に自分がやりたいこと食べたい物を選ぶようになった。
まだ1日しかSNSからは離れていないけど、思った以上に良さそうなので当分の間はこの生活をしていきたいと思う。