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わたしの練習帳*代わりとなるもの*

・今回のメモ

そのひと全体から〜
今ここを活きる。

アレクサンダーテクニーク
を共有したく、綴っています。


わたしがアレクサンダー・テクニークと
出逢って、学び始めた頃(20年程前)

心身の緊張(筋肉の収縮)に気づいて、
やめていくことや
習慣的反応から外れていくことは

コワイことでもありました。

それはある種のテンションで
自分を支えてたり、
慣れ親しんだ習慣をやめることへの
抵抗だったのだろうと思います。


しかし、先生の“手とことば”のサポートより
プライマリーコントロール(初源的協調作用)を幾度も体験してきて

少しずつ、緊張や習慣の中に
在り続けるのを
やめていくことができてきました。

子どもが親と一緒に寝ることから
ひとりで寝るようになるまでに
ふわふわしたモノ(ぬいぐるみなど)と
一緒に寝てみたりするように。

そう。“代わりとなるもの”がないままに
やめることはコワイことでもあります。

痛みがあるのにも関わらず、
慣れ親しんでいる習慣をやめていくこと
ができなかったりもします。

しかし
プライマリー・コントロールに在ることを
幾度となく、体感していくうちに

だんだんとからだを持って
信頼できるようになってきました。

そうするとやめていくことへの抵抗も
だんだんと減っていきました〜


このことは、アレクサンダーテクニークに
限ったことではありません。

慣れ親しんだ習慣をやめていくには
代わりとなるものがないと
なかなか移行できないのではないか。

何かをやめると
代わりとなるものが入ってきます。

それをいったりきたり〜しています。


2023/1/31/mayumi@kyoto
ひつようなひとにもとどきますように  :))




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