参政党員に問ふ

 参政党が登場したときは、よく演説を聴きに行った。神谷宗幣氏の話には感動した。
 一時は党員にならうかと思ったことまであったが、武田邦彦氏が出て来たので思ひ留まれた。吉野敏明氏の話を聞いて、党員にならなくてよかったと思った。
 松田学氏は頭のいい人だなと思ったが、たった一人のエライ先生のいふことを信じて(信じてゐるふり?)まるで頭のわるい人みたいに反ワクをぶつところが、ちょっと胡散臭かった。でも、これが政治なんだなと思った。

 政治は、数をもって力となす。そして、力づくで世の中を変へたり支配することだ。そこには道義真情正義人情も無い。
 すべては数を集めるための手段となる。
 政治に希望を持つ人は、そのことをわかった上で係はるべきだと思ふ。

 参政党の支持者は夢見る乙女のやうな顔をして武田邦彦氏や吉野敏明氏の演説を聴いてゐる。彼ら彼女らは、おそらく、むしろ、政治に
道義
真情
正義
人情

を求めてゐるのだらう。

 日本なるものは(理想としては)道義、真情、正義、人情から成り立ってゐる、・・・・
べきだと信じる人たちは、武田邦彦氏の
「お母さんが一番エライんですよ」
といふ言葉に心が動くはずだ。

 吉野敏明氏が
「空から神様が見てゐる」
とか
「魂は死んでも残る。魂は成長し続ける」
とか言ふのを聞くと、やはり、烈しく心を動かされるはずだ。

 神谷宗幣氏は、わたしからみると、そんな話を信じるほどナイーブな人ではない。
 「正しい歴史なんて無い
と、あっさり言ひ切った上で、日本人は自分たちの歴史に誇りを持てるやうな教育を子供たちのするべきだと主張してゐる。

 誰もが納得できる・客観的に正しい歴史などない
 現実の中には、人間が縋(すが)りつける絶対は存在しない、といふことを認識してゐる人の言葉だと思ふ。

 あらゆるものごとは相対的である。キレイがキタナイであったり、邪悪が善良であったり、不運は幸運であったり、そして、その逆にも展開して、キリスト者などは、どんなに自分たちの信仰を裏切ったりあざ笑ったりする現実を体験しても、
 「これらは、とにかく、すべては神の御心によるもの。それがどういふものかは人間にはわからないが、神様がすべてお決めになってゐるのだから、ワイルものであるはずがない」
と信じ込むことで、この「ひっくりかへされたおもちゃ箱」のやうな・わたしたち人間には永遠に解明できない現実を突き進まうとする。

 倉山満氏といふインテリ芸人は、神谷宗幣氏が政治から離れてYouTube動画で啓蒙活動を始めたときに講師として協力した人なのだが、神谷宗幣氏が党員獲得のために、スピ系の胡散臭い人たちを利用してゐることを批判した。

 倉山氏は次のやうに書いてゐる。

『渡瀬・KAZUYAと決別したあたりから、神谷と参政党は振り切った。渡瀬・KAZUYAが批判したのは「陰謀論を許容するな。嘘を言いふらすことになるからだ」だったが、神谷は振り切った。私も直接言われたが、「陰謀論、スピリチュアル、ネットワークビジネス、そういうものを許容しないと広がりが無い」が神谷の言だ。』
                     
引用、終はり

 わたしが利用したとするのは、神谷宗幣氏がさういふものを信じるにはインテリすぎる人だからだ。

 『参政党はトンデモではない。参政党は、「振り切ったトンデモ」だ』
の中で、倉山氏はつぎにやうに書いてゐる。

 参政党の特徴は、真正面から「グローバリズムに対抗するナショナリズム」を訴えていることだ。知らない人が聞いたら「鎖国でもするつもりか?」と思うだろう。これが、よくよく聞いていると、本当に「鎖国が正しい」と信じている関係者もいたりする。
以上、引用

 わたしなどは、鎖国がいいと思ってゐるので、この点で参政党の登場に飛びついた。

以下、引用
神谷には最初に出会った時から語っていた「近代政党」についてレクした。

 前近代政党とは、議員の集まりである政党のことだ。派閥の談合によって、運営される。それに対して近代政党とは、綱領・組織・議員の三要素で構成される。党員全員が共有する綱領がある。党首の下に強力な事務局が存在する。理念に基づく政策を国民に訴え、党員を増やす。当然、資金も集める。その党員が活動を拡大し、議員を当選させる。明確な党首がいないまま選挙戦に望んだ以外は、ここで語った通りの近代政党の手法の選挙戦を行った。   
以上、引用


 倉山氏のいふ近代政党とは、日本共産党である。
 大小の集団の利権のためでなく、日本を「ただしい世の中」にするために作られた政党だ。
 それを、倉山氏は近代政党としてゐる。

 党首の下に強力な事務局が存在する。
 
これがなければ、「近代政党」なるものは存在できない。
 だから、神谷宗幣氏は事務局長となったのだ。
 利権を求めて談合をしない近代政党では、事務局長書記長といった役職の人が、民主主義の議会や総理大臣の上に君臨して、強力なリーダーシップを発揮する。

 だから、当然、参政党においても、党首(代表)は看板である。事務局長と違ふ考へを持つようになれば、粛清される。

 民主主義は話し合ひだから、話し合ひを始めたら、話し合ふ人の数だけの意見が出てきて、それら一つ一つについて丹念に議論する。最後は多数決だとしても、十分に議論する。それが民主主義だ。
 だから、LGBT法案のときには「民主主義は死んだ」と騒ぐ人たちがゐたのだ。

 理念に基づく政策を国民に訴え、党員を増やす。
 
党員たちが、民主主義に基づいて、みんな平等に意見を出して話し合ってゐたら、理念も政策も、それらが定まる日は永遠に来ない。
 だから、共産党以外の党は、党員たちが生活の中で求める利権を集約して政策を作るのだ。
 理念は看板だ。
 自主憲法の制定などといった理念は、看板にすぎない。
 党員たちの求める利権が本質である。
 そして、党員たちが利権を求めるのは、豊かな暮らし、家庭の幸福を切に願ふからだ。だから、既成政党のどれもが、いふなれば「幸福実現党」なのだ。
(ここでの幸福実現党とは、一般的な意味を示すための普通名詞として使ってゐます。幸福の科学の『幸福実現党』といふ固有名詞ではありません)

 これに対峙するのが、世直し政党としての共産党だ。
 理念は看板ではない。
 目先の幸福の実現より、もっと大切な、ほんたうに実現するべきもの、つまり、
ルソーのいふところの一般意志☆を具現した社会
を実現したい、と願ってゐるのだ。

        ☆個々の利害(特殊意志)からは離れた、
        公共益を達成するために人民が共有しているとする意志



 いつか諸悪の根源である天皇制を打倒して、貧富の差の無い日本にする
 そのための政党である。

 倉山氏の論文の引用を続ける。
 今度は、番号を付けて、一部だけを太字にする。

 
①民主主義は数が力、多数決だ。

頭がいいものは常に少数派だ
いつの時代、どこの国でも、インテリは常に少数派だ

③自民党をはじめ既成政党に批判的な政治に関心がある層の人々は、悩みを抱えている

現実社会は、テストの答えのような明快な正解が無いことだらけだ。

⑤しかし、心の弱い人は常に明快な正解を求めている。
そこに正解や解決を与える。まさに陰謀論やスピリチュアルの手法だ。

インテリには恥ずかしくて、絶対にできない。
そこに渡瀬やKAZUYAが離れた原因がある。

⑦渡瀬やKAZUYAのファンなら、「コロナウィルスは波動で治る」「アメリカ大統領選で不正が起きたので、フランクフルトで米軍とCIAが銃撃戦を起こした」「プーチンはディープステートと戦う光の戦士だ」式のトンデモには耐えられない。  

⑧しかし、そこに振り切ったのが参政党のリアリズムだ。
参議院1議席が割に合うかどうかは別問題だが、泡沫政党と言われた状況からは大勝利と言えるが。

 政治のリアリズムとは、とにかく国民に自分たちの政党の名前を知られて、そして、自分たちの代表である議員を議会に送ることだ。さうでなければ、なんの意味も無いといふ現実に足を着けることが政治のリアリズムだ。


 神谷宗幣氏は政治家だ。わたしは、つとに令和のペリクレスと呼んで、尊敬もしてゐる。
 党の知名度と党員数は、武田邦彦氏や吉野敏明氏といった人たちによって獲得した。
 武田邦彦氏や吉野敏明氏とは、インテリといふ少数者でない、大衆に信者の多い人である。

 この人たちが参政党にたかってこなかったら、参政党は、日本第一党と同じく、一般の人は誰も、名前も聞いたことがない政党で終はっただらう。

 ああいふ人たちが離れていく、ちょっと勢ひが落ちると逃げ出すことは神谷宗幣氏としては、選挙にうって出たときからおりこみずみであるとわたしは思ってゐる。

 神谷宗幣氏は、家族も巻き込んで、命がけで、日本を変へよう、日本を取り戻そうとしてゐる。
 本気で自分についてくるのは、草莽の若い世代にしかゐないといふことは、神谷宗幣氏は最初から知ってゐたと思ふ。

 参政党は、神谷宗幣氏に賛成する党である。
 世直し政党としては、それでいいし、さうでなければならない。
 
 参政党は、今、地方議員を次々と生み出してゐる。
 足元から日本を変へていく。
 それは、神谷宗幣氏が「これが日本だ」と思ふ日本に変へる、といふことだ。
 民主主義によって、みんなで、どういふ日本がいいでせうか?と話し合ふことではない。
 危機感の無い人は、話し合ひをしたい。自分の意見を言って、仲間と、延々と楽しくにぎやかに、なんの結論もでない議論をして民主主義の旗手だと信じてゐたい。
 日本には、そんな暇はもう無いのだ。

 神谷宗幣氏の思ふ日本に賛成するか、しないか。
 そして、神谷宗幣氏の強力なリーダーシップ(わたしは独裁でいいと思ふ。近代政党なるものの党首は、教祖なのだから)のもと、参政党員となって活動するか、しないか。

 ふたつに一つである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?