見出し画像

スピンオフ 神戸篇 (2) 独立を決断

神戸に居たのはわずか1年だったが、色々と思い出深いことや楽しいことも多かった。

すでに離れてから4年以上が経つが、未だに付き合いがある人たちも居たりして、短かったけれど、それなりに濃い時間を過ごすことが出来たと言うことだろう。

以前のポストの有料部分にある通り、それ以外にもとにかく色々とあって、、(ここで詳しく書いてしまうとあまり良い内容ではないような気がする。これらのネタは個人的に直接話したほうが良いので、興味がある方はいつか直接会える時に…)働き始めて数ヶ月で神戸を離れることを考え始めた。

かと言って、どこか別のところで働き始める、、ということは正直考えにくい。それに当時40前の13年間アメリカにいた人間なんて誰も雇おうなんて思わないだろう。ただここには1年以上居るのは到底考えられない。

そうすると必然的に「独立」というオプションが頭の中に浮かぶ。

しかしながら、正直私は旗を振るタイプではないような気がしていた。それに技術的に(アスレティックトレーナーとして)もっと優れている職人肌な人たちは多くいるように思ったし、私が独立してうまくやっていけるとは到底思えなかった。

そう考えると自身の考えは押し殺して、ここで給料をもらいながらやっていくのも一つかもしれない。

4月5月はそういうモヤモヤした気分だったが、個人的にものすごく楽しみにしていることがあった。

それは国際遠距離恋愛中の彼女が日本に一時帰国する間、神戸で数ヶ月間、同棲生活をするということ。

私たちが出会ったのは私が日本に帰ると決めた時期。彼女はまだアメリカに来て数ヶ月の頃だった。そして色々とあって、付き合い始めたのは私が日本に帰ってきてから、、つまり付き合ってからずっと遠距離だった。

そんな彼女が神戸に来る。それだけで日々のモヤモヤは正直どうでも良かった。

しかしずっと目を逸らすこともできない。そこでその同棲生活のある日、私のモヤモヤを思い切って彼女にぶつけてみた。

13年のアメリカ生活をある意味捨ててまで、日本に帰ってきてやっている仕事をあまり悪くは言いたくない。ってか全然悪くないと思ってはいる。でも明らかに居る場所が間違っている気がする。ただオレ自身独立っていうタイプじゃないような気がする。給料だってもらえているし、神戸はいい街だし、このままでも良いのかもしれないけれど、、、40前で独立、なんてリスクはちょっと、、どう思う?という感じで聞いてみたと思う。

正直その時「給料もらっているんだし、ある程度安定しているんだし、そのまま頑張れば?だってアメリカ生活捨ててまでして帰ってきてやっている仕事なんだし。。安定の方が良いんじゃない?」くらいに言われるだろうと思っていた。

しかし彼女の一言は「ってかさ、テツさんなんで独立しないの?」というものだった。

その後に続く言葉はここでは割愛することにして、そうやって言ってもらえたのはものすごく自信になったのは間違いない。私でも独立して良いんだ。

そこから紆余曲折があって、この前4期目を終えた。お前なんかじゃ無理、1年もたないと言われもしたけれど、4期目も黒字で終えたよ。今期はコロコロ野郎のせいで嵐の船出だけれど、あの時期をも黒字で乗り越えた、と言える今期にになるでしょう。と切に希望する。

今振り返ってみると「あなたもできる!独立セミナー!」的なものがあれば、是非とも参加してみたかった。ただ私の場合、何が分からないかも分からない状態だったので、参加してもダメだったかもな。

今度、コロコロの馬鹿野郎が落ち着いたらやろっかな。

「まず何からやるべきか。普通の人ならわかる独立セミナー。」

ちなみに今回出てきた彼女は今の妻です。惚気。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?