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火口のふたり


先日観た作品です。
※性的な描写を含みます。
※ネタバレが気になる方はお気をつけください。


世界中どこにいっても非常事態ーーこんな時だからこそ性について向き合い続けられる115分

この映画はR18で、本編ずーっとセックスの話です。全てほとんどセックスの前フリに思えてきます。なのでこのレビューもずーっとセックスの話をすると思います。
ただ、ここで描かれてるのは見せるためのセックスというよりも、あるふたりが過ごす時間を切り取ったものを垣間見ていて、そしたらほとんどセックスだったというような生々しさがあります。といっても、私はLGBTのLなので男女のセックスに生々しさを感じるかどうかは微妙なところなのですが。


ただ、私が無意識に抱いているセックスというものの役割や与えている意義が久しぶりに炙り出されたような気持ちになりました。


セックス=自己有用感

まだハタチ前後の頃、私はセックスに対して無意識に、そして単純に「自分が他人の役に立っている実感」のための手段としかとらえていなかったと思います。セックスと自己有用感が条件付けされてしまっているというか。「私も男性の欲求を満たせるはず」と思おうとしていて、それを実現したいがために事に及んでしまうという…。
ですが実際、またこの人としたいというような好意を事後に思うようなことは結局ありませんでした。
ちなみに女性とはどうかというと、私自身がセックスに取り憑かれてしまうというか、結局役に立ちたくてたまらなくなってしまう感覚がありました。したがる割に虚しくなったりよく分からない涙を流してみたり…けっこう迷惑だったと思います…。関係各位、すみません。

結局のところ、私の浅い人生経験では特定の相手がいたとしても心を開いたセックスが出来ていたかといわれると決してyesではないです。



“身体の言い分に身を委ねる”

この映画のふたり(特に女性側)は相手がその人だからこそ、正直になれて心を開ける特別な関係性を築いていました。男性側はかつて、後ろめたさに飲み込まれリスクを伴うアブノーマルなプレイを女性側に求めながらも、結局は他の女性との間に子供をもうけ、籍を入れました。一度は離れた二人が数年後再会し、「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」という言葉をきっかけに身体の言い分に身を委ねた数日間を(なし崩し的に)過ごします。


映画を見ながら、自分がこの映画のように寝ても覚めても相手のことを求め続ける時は一体どんな時なんだろうとか、そうなったら何を感じるんだろうと思いを巡らせていました。


自分の価値を見出せない自分がいて、周りには認めてもらえそうにないふたりの関係。抱き合っているときは満たされるように感じても、本当は満たされているのではなくただただ否定から目を背けているから余計なことを感じずに済むだけのような、そんな空虚さに些か心当たりがあります。
お互いを否定せずに済む唯一の存在、そんなことを求めあっているようで空虚さが押し寄せるのです。
それでも自分が相手の役に立てていることにすがり、溺れるしかないような、そんな風な物悲しさに浸ってしまいました。


世の中が平穏でなくなった時の欲求

今世界中が感染症の脅威によって非常事態に陥っています。戦時下との比較さえも聞かれるほどです。人間の安全が脅かされるとき、さらに下層には何が残るか…欲求階層説に従えば、それは生理的欲求です。性欲、食欲、睡眠欲と言われていますが、私は性欲というよりも排泄欲求なのではないかと考えています。
もし本当に安全さえも失われそうな時、劇中の言葉を借りれば「お互いの尻の穴までなめ合う関係」の人がいるとすれば、その時人は生理的欲求とは別に、自分自身を見失わないために「お互いの尻の穴までなめ合う関係」の人と一緒にいられることを守りたいと思うのかもしれないーと思わされました。それは生存本能とかそういう実利的なシステムでもなく、ただただ自分が生きていることを感じてくれる存在で自分自身の一部として、あるいは自分が生きていることの証人として、その人を求めるのではないかと。相手の一部と自分の一部が同一化されていくことが自己有用感の昇華された姿に思えます。


心を開ける相手というのは、その人自体が自分を構成する一部になりつつあることだと思います。人が生きるのにパートナーを求めるのは、パートナーを愛することが自分自身をも愛し慰めることになるからなのかもしれません。ちょっと宗教的なニュアンスになっているかもしれませんが…。


身体の言い分を聞くことを「堕ちる」ことだと思わなくていいのだなという救いのような感情が余韻として残るような作品でした。




ちなみに全編で秋田が舞台です。
景色の色彩の強さがまた良かったです。



監督:荒井晴彦

出演:柄本佑 瀧内公美






最後まで読んでくれてどうもありがとう。



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