表現ガイドラインは本当に「いいもの」かしら?

大阪府 府民文化部が2021年3月に作成していた「男女共同参画社会の実現をめざす表現ガイドライン」がTwitterで話題になっているわね。

特に大きいところだと、日本漫画家協会の常務理事であり、「表現の自由を守る会」の最高顧問を務める赤松健さんが次のようにツイートしているわね。

当該ツイートは、赤松さんと関係が深い参議院議員・山田太郎さんにもリツイートされていて、表現の自由界隈ではホット・トピックとなっているわ。Twitterで反応しているのは大体いつもの面子ね。

特にYANAMiさんは、この表現ガイドラインの問題点を非常に的確にまとめていらっしゃるわ。女性イラストレーターであり講師でもある当事者の立場からの訴えは、本問題を扱うにあたっては避けて通れない必読の記事と言えるでしょう。

というわけで、圧倒的に優れた批判的記事がすでにあるんだけど、私は私なりに考えるところを述べてみるわね。

「可能性がある」という根拠は何?

上記ガイドラインでは次のように書かれているわ。

 私たちは、刊行物やウェブサイト等様々な方法により情報を発信していますが、受け手はその情報から固定的な性別役割分担意識を知らず知らずのうちに形成してしまう可能性があります。そのため、情報を発信する側は、表現する際に、固定観念や偏見の助長につながらないよう意識する必要があります。
(中略)
 このガイドラインは、皆さんの表現を強制するものではありません。皆さんが情報発信を行う際に、男女共同参画の視点から、その表現がなぜ問題なのか、その結果どういった弊害が生じる可能性があるのか、どうすれば望ましい表現になるのかを考える際の参考として活用してください。
「男女共同参画社会の実現をめざす表現ガイドライン」

「固定的な性別役割分担意識を知らず知らずのうちに形成してしまう可能性があります。」という話だけれど、特に根拠を述べずに「~してしまう可能性がある。」と言いっぱなしにしていいなら、別に何だって言えるわ。

特定の傾向をもつ表現物との接触が、「固定的な性別役割分担意識」を助長すると示したデータは今のところ無いわ。

まだしも「ゲームばかりしていると、ゲーム脳になる可能性がある。」の方が、根拠となる論文やそのデータを引用できる点ではマシで、「表現による悪影響はある論」は、ぶっちゃけ、ゲーム脳よりも薄弱な根拠しか持ってないのよ。

こういう実証的根拠を持たず、「それっぽくね?」を理由に何かを肯定したり否定したりする思考様式を、一般には「偏見」と呼ぶのだわ。
何が偏見かといえば、このガイドライン自体が偏見なんじゃないかしら。

また、このガイドラインは、皆さんの表現を強制するものではありません。と(一応)書いてあるけど、いや、表現物が偏見を助長すると思ってるのなら、もっと本気で止めなさいよ。逆になんで?
ガイドラインに強制力はないでしょうけど、それでも、例えば「ここにあるような表現は、偏見を助長する可能性があるので、原則として避けることが推奨されます。」くらいまでは言えるでしょう。
さらには、「表現物→偏見の助長」が真実なら、公的機関に限定する理由もなくて、少なくともR-18的なゾーニングがされていない全領域について「ご協力」を求めるのが筋じゃないの?

まさか、公的機関ではなく民間企業の名前で広告を打つ場合は「偏見助長効果」が下がるっていうデータを持っていたりもしないでしょう? 
私、同じ場所にある同じポスターなら、発行元が「大阪府」だろうが「阪神タイガース」だろうが、内容や程度はどうあれ、与える効果は別に両者変わらないと思うのだわ。

問題意識の高さと、対策の生ぬるさが合ってないと感じるのだけど……。

実際の「固定的な性別役割分担意識」の推移は?

性役割分担意識の推移に関しては、「男女共同参画社会に関する世論調査」や「全国家族調査」(NFRJ)における次の設問「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである。」に対する回答の時系列推移を追うのが、最もよくあるパターンね。

画像3

男女共同参画社会に関する世論調査(内閣府, 2019/11)

平成24年(2012年)だけイレギュラーで賛成・反対が逆転しているけれど、他はほぼ賛成は減り、反対が増えていく傾向にあるわね。特に最新の令和元年(2019年)では、賛成は過去最少の35%、反対は過去最大の59.8%になっているわ。
(性別や年代別の内訳が見たかったら、上のリンクから辿って頂戴ね。)

また、この性別役割意識については、わりと長年にわたって、「どういう要素と相関するのか?」と調べられているんだけど、基本的に年収とか学歴とかそのあたりであって、「表現物の影響」は候補にすらなってないわ。

吉川(1998)は、有配偶者の性別役割分業意識の形成要因を、生年世代、夫の職業的地位、妻の職業的地位、学歴、世帯年収、家計参入度、伝統・因習的価値志向の 7 つに整理している。西村(2001)は、性役割意識の流動化要因として、生年世代、妻の職業的地位、学歴、妻の家計参入度を、固定化要因として、夫の職業的地位、世帯年収、伝統・因習的価値志向を挙げている。これまでの先行研究から、若年であるほど(尾嶋, 2000)、高学歴者であるほど、妻の職業的地位や職業への関与の度合いが高い者ほど(Thornton and Freedman 1979)、妻の家計への貢献度が大きい者ほど(吉川, 1998;西村, 2001)、性別役割意識を否定的に捉える傾向が強いことが、また、夫の職業的地位が高い者ほど、世帯全体の年収が高い者ほど、性役割意識を肯定する傾向が強い(吉川, 1998)ことが明らかになっている。
西野理子「性別役割分業意識の規定要因の推移」(2015)

まあ「調べてない」のであって、「影響しない」と示せている訳ではないんだけど(そりゃそう)、でも、現状の知見からは、「表現のせいだ」と積極的に推測する合理的な理由は無さそうよ。

ちなみに年齢と学歴は素直に影響していて、収入に関してはちょっと微妙みたいね。これは「高収入男性+専業主婦」という組み合わせでは性別役割分業意識が高く、「そこそこ収入男性+そこそこ収入女性」という組み合わせでは逆に低くなっていて、「年収」として丸めてぶっこむと相関が見えなくなるって感じみたい。
だから、上にも書いてあるけど、年収を「妻の家計貢献度」とかで計算し直すと相関が出てきて、「妻の収入が家計に貢献している度合いが高いほど、性別分業意識も低くなる。」という結果が出るとのこと(島, 2011)
まあ、なるほどと思うわ。妻がしっかり家計に貢献しているのに、「男は外、女は内」を信奉してるやつ、控えめに言ってクズすぎるのだわ。

まあ、「悪い表現が悪い心を生んでいる!」という論は、データ無しでも「ひょっとしたら、そうかも?」と一定説得的に聞こえるから、今までそれで押し通せてきたんでしょうね。(科学的ではなくても、多くの人が説得力を感じれば、民主主義の原理から言って、法規制も含めて通るのだわ。)

アンコンシャス・バイアス、あるいはオタクは一般人と比べて偏見に陥りやすいか?

話題の萌え絵のページに関しては、先ほどのYANAMiさんが記事中で強く批判してるから、そちらを参照して頂戴ね。

私はその次に書いてあることを批判しましょう。

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「男女共同参画社会の実現をめざす表現ガイドライン」p.6.

内容としては繰り返しになるけど、「情報から固定的な性別役割分担意識を知らず知らずのうちに形成してしまう可能性があります。」こそ、「あたりまえ」とされてしまっている、思い込みなんじゃないかしら。だから、私は「ホント?」と問い、見直してみたのよ。

表現ガイドラインからは問題をかなり限定させてもらうけど、前々から少し疑問に思っていたことがあるのよね。実際問題、オタク趣味って差別的意識を助長したりするのかしら?

いえ。「助長」は因果関係まで示さないとダメだから厳しいとして、じゃあせめて相関関係でいいから出ますかと。

オタク男性やオタク女性は、一般男性や一般女性と比べて、ジェンダー・ステレオタイプ信仰が強いとか、せめてそれくらいはデータあるのかしら?

少なくとも「技術的に可能」っぽいわよね。「オタク」に何らかの操作的定義を与えて、それと偏見・差別意識と相関が出るか検証すればいいのだわ。
「オタク度」と「偏見・差別度」みたいなのが両方出る質問票を作って回答してもらえばOK。

で、私、かなーーーーーり探したのだけれど、ほとんど見つからなくて。(逆に「オタク的表現は偏見・差別を助長する」と主張している人、本当に何に基づいて話してるのか謎なんだけど。)

ただ、ほぼ唯一、「腐女子群、女性オタク群、女性一般群、男性オタク群、男性一般群」の5群について、ジェンダー意識の相関を調べた山岡准教授の研究報告(学会発表要旨?)を何とか見つけたのだわ。

この研究では、従属変数(目的変数)としたジェンダー意識について、「関係性得点」「繊細乱暴得点」「男性優位観得点」の3つに分けているみたいよ。説明は次の通り。

ちなみに簡単には、どの得点も高ければ高いほど、旧弊なジェンダー観を持っていると解釈すればいいのだわ。(読むのが面倒な人用の説明)

第1因子は「一家の生計を支えられないような経済力のない男性は、男として失格である」「たくましい体つきは、男の魅力として重要である」などの9項目に負荷量が高かった。これらはタフな男性が女性をリードするべきであり、女性はタフな男性を支えるべきだという男女の関係性のステレオタイプの項目と解釈できる。この9項目の平均値を関係性得点(α=.808)とした。第2因子は「女性は男性よりも視野が狭い」「男性は女性よりも人を使うのが上手である」などの7項目に負荷量が高く、男性優位のステレオタイプの項目と解釈できる。この7項目の平均値を男性優位観得点(α=.752)とした。第3因子は「女性は男性よりも繊細で感受性が豊かである」「男性が女性よりも攻撃的だ」などの5項目に負荷量が高く、女性は繊細で男性は乱暴というステレオタイプの項目と解釈できる。この5項目の平均値を繊細乱暴得点(α=.778)とした。
山岡重行「腐女子はフェミニストなのか?」

なるほど! 結果はどうだったかしら?

腐女子群、女性オタク群、女性一般群、男性オタク群、男性一般群の5群のジェンダー意識尺度の3つ下位尺度得点を1要因分散分析で比較した。関係性得点(F=10.444,df=4/915,p<.001)と繊細乱暴得点(F=4.037,df=4/919,p<.01)で有意な主効果が認められた。Bonferroni法多重比較から女性一般群と男性一般群および男性オタク群は腐女子群と女性オタク群よりも関係性得点が高く、男性オタク群は腐女子群よりも繊細乱暴得点が高いと言える。男性優位観得点(F=1.094,df=4/922,ns)では有意な主効果は認められなかった。
(中略)
全体的に現代の大学生はそれほど強いジェンダー・ステレオタイプは持っておらず、その中でも男性優位の性差別を肯定するステレオタイプは特に弱い。有意差が認められた従属変数でも、社会学者が主張するような肯定と否定で対極のジェンダー意識を持つことを示すものではない。どちらがより否定的かという相対的な違いでしかない。
山岡重行「腐女子はフェミニストなのか?」

要旨っぽいから詳細データは見ようがないんだけど、とりあえず書いてあるまま列挙するわね。

■関係性得点(男女関係において、男がリードすべき)
女性一般・男性一般・男性オタク > 腐女子・女性オタク

■繊細乱暴得点(女は繊細で、男は乱暴)
男性オタク群 > 腐女子群 (他の3グループの位置は不明)

■男性優位観得点(男のほうが女よりも能力的に上)
有意差なし。(腐女子、女性オタク、女性一般、男性オタク、男性一般)

……。

………………。

………………オタクが一般人と比べて偏見的な意味でなんか酷い状態にあるって話はなさそうね?

萌え絵や萌え系物語を消費しまくってるオタクは、そうでない人よりも男女に関するジェンダー・ステレオタイプ(偏見)が強化されているのではないの?

そこまでの結果、出てないわよね。

関係性得点について、確かに男性オタクは、腐女子・女性オタクよりは得点が高かったみたいだけれど、本文からすると、一般女性と差はないと。

次の繊細乱暴得点は、男性オタクと腐女子しか比較されていないけれど、「女性は繊細で、男性は乱暴」というのは、男性が言っている分にはさほど差別的な問題を抱えていないように思えるわ。
特に「乱暴」というのが、例えば「男性の方が暴力犯罪は起こすよなあ……。」くらいを想定して答えていた場合、私も「それは事実そうよね。」という感想になるし。

そして最後の男性優位観得点に関しては、5群で有意差なし。

一応、この研究にありうる系統誤差の話をしておくと、調査対象が「首都圏私立大学2校の男女大学生」だから、「オタクかどうか」より、「首都圏にある私立大学に通う学生である」という因子が強く作用している可能性はあるわ。

本当に「オタク全体」「一般人全体」を調査したらまた違う結論が出るかもね。そういう意味では留保はつくのだわ。

ただ、これを超える範囲の研究が現時点で出ていないなら(少なくとも私の手元にはない)、いったんこれを正しいと仮定するわ。「全体比較すれば、オタクのほうが一般人より邪悪なはずだ!」と推測する根拠ないし。

オタク向けな表現物(特に萌え絵)が偏見を助長するという説、因果関係どころか相関関係すら乏しいというのが現実みたいね。(せめてオタクのほうが偏見が強くないと成り立たない。)

そういえば、最近公開されたすももさんのデータだけど、戸定梨香さんに問題を感じるかという設問に加えて、ジェンダー観の意識についても同時に質問すると面白そうね。
「問題を感じない」と答えた人は、ジェンダー偏見にまみれたクソ野郎なのかしら? あるいは、「問題を感じる」と答えた人は、そうでない人よりも、ジェンダー平等意識の高いリベラルな人なのかしら?


ついでに見つけた、オタクとネット右翼の関係の紹介

さて。本題とはほぼ関係なくなっちゃうんだけど、面白い研究報告を見つけたので、せっかくだし紹介するわ。

全文のPDFはこちら。

「ネット右翼」は「男性オタク」と絡めて語られやすい存在よ。

古代の遺跡から発掘された風刺画もそれを物語っているわ。(無断転載・掲載OKとあるので、ありがたく使わせてもらうわね。)

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ただこれ、ほぼ全部間違ってるのよね。(当時は「そういうものかもねえ。」程度に受け止めてたけど。)


概括すれば、「ネット右翼」層の社会属性面での特徴は、男性が多いこと、留保付きながら世帯年収が低いことであり、それ以外に一般にしばしば語られるような若年・低学歴・独身者といった特徴は、今回の分析の限りでは認められない。
辻大輔「計量調査から見る「ネット右翼」のプロファイル」(2017)


これこそ、私にもあったアンコンシャス・バイアスで、ネット右翼って、思想は合わないけどフワッと身内って印象があったわ。いや全然違ったのね。ごめんなさい。一般対照群と比較しても、アニメ・マンガは別に好きじゃない(有意差なし)のね、ネット右翼さん……。

男性的オタク趣味とネット右翼傾向(排外主義的傾向)は別に相関関係はないと。――あ、こう表現すると、今回のお話とも若干は関係あるわね。

それでは、最後にもう一度「表現ガイドライン」から引用しましょう。

私たちは、刊行物やウェブサイト等様々な方法により情報を発信していますが、受け手はその情報から固定的な性別役割分担意識を知らず知らずのうちに形成してしまう可能性があります。そのため、情報を発信する側は、表現する際に、固定観念や偏見の助長につながらないよう意識する必要があります。
「男女共同参画社会の実現をめざす表現ガイドライン」

アンコンシャス・バイアスを含めて、このガイドラインを作った人たちこそ、ゆっくり気を付けてね!!!

「可能性があります。」の根拠提出を要求するわ!
(「ゼロではない。」程度の意味だったら、もうどうでもいいけど。)


それじゃあ、今回の更新は以上よ!

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