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株式会社「囲碁将棋チャンネル」公式の棋譜利用ガイドラインに違反した男性YouTuberが同社を訴えて勝訴

先週の記事で、「ガイドラインってのは法的拘束力の有無を考えないと無意味なのだわ!」って話をしてたら、将棋界隈から非常にタイムリーなニュースが飛び込んできたのだわ。


その問題の発端は、株式会社「囲碁・将棋チャンネル」が主催する将棋大会の棋譜(将棋の指し手の記録物)を、同社が公開している棋譜利用ガイドラインに明らかに違反して制作されたYouTubeおよびツイキャスの動画よ。

これについて、同社は著作権侵害を理由とした削除申請をプラットフォーマーに出し、当該動画を削除させたわ。

なお、同社がネット上に公開していたガイドラインは次の通り。

棋譜の利用について
銀河戦・竜星戦・新銀河戦・新竜星戦・中国竜星戦・韓国竜星戦は株式会社囲碁将棋チャンネルが主催する棋戦です。 これらの棋戦における棋譜のご利用を希望される際は、棋譜の入手方法に関わらず、必ず事前に利用申し込みが必要です。(商用・非商用を問わず。ただし私的利用の場合は除く)
なお、弊社主催棋戦以外の棋譜については、各主催者の設けるガイドラインに則りご利用下さい。

【利用申し込みフォーム】 https://www.igoshogi.net/aboutus/contact_form.html
ご利用のお申込みは、上記お問合せフォームよりお申し出ください。
メール返信にてご使用条件等をお知らせ致します。

※参考
日本棋院「棋譜使用・リンクについて」
https://www.nihonkiin.or.jp/sitepolicy/link.html
日本将棋連盟「棋譜利用のガイドライン」
https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html/

囲碁・将棋チャンネル「棋譜の利用について」


前回の記事でも説明した通り、私人・私企業が一方的に宣言したに過ぎないガイドラインに違反したからといって、内容として法的拘束力が認められなかったら、違反者に対して出来ることは特に無いのよ。(まあメールとかで「やめてください」ってお願いするくらい?)

そして、法的拘束力が認められないにも関わらず、合意なく無理やり表現物を削除させたり罰金を徴収したりしたら、それこそ「財産権・自由権を侵害する不法行為」に該当しかねないわ。

結果的にいえば、囲碁・将棋チャンネルさんは、この「もしも」を実際にやっちゃって、かつ不法行為に該当すると裁判所に認定さちゃった訳ね。

裁判所(大阪地裁・知財部)は原告である動画投稿者の主張を認めて、

「囲碁・将棋チャンネルは、『棋譜利用が著作権を侵害している』という虚偽の事実をプラットフォーマー(YouTube、ツイキャス)に告知して動画を削除させ、原告である投稿者の財産権、自由権を不当に侵害したため、損害賠償金120万円を支払え。また、プラットフォーマーに事情を伝えて削除された動画の復活(原状回復)をちゃんと手助けしろ。」
(※私の要約ですので正確には判決全文をご参照ください。この要約を用いたことによる本件の誤解には責任を取りかねます。)

という旨の判決を下した――とまあ、そんなところよ。

なぜ囲碁・将棋チャンネルは「やらかした」のか?

新聞社やテレビ局は、プロ棋士を呼んで将棋大会を開催し、その様子を放送することでCMや有料会員から収益を得ているわ。

この仕組みは昔からずっと上手く回っていたのだけれど、YouTube等で誰もが気軽に動画コンテンツを制作・公開できるようになったことで、「大会の棋譜に自分なりに解説を加え、不特定多数の視聴者に公開することで収益を得る」という、新聞社やテレビ局にとってみれば新しいタイプの「商売敵」が現れたのよ。

まあ、将棋大会を主催している側としちゃ嫌な存在よね。放送を視聴者に見てもらってこそお金が入るのに、もし多くの人から「別に本放送を観なくても、YouTubeで誰かが解説付きで棋譜出してくれてるから、それを観ればいいや」って思われたら、お客さんを取られちゃう。ていうか一定数は既に取られてる。

なので、日本将棋連盟が先陣を切る形で、棋譜利用のガイドラインを公表したわ。

ここで一応注意すべきは、ガイドラインを作って公開し、「守ってくださいね」とご協力を求める分には基本的に問題ないことね。今回の裁判も別にガイドライン自体は争点ではないわ(プラットフォーマーに削除申請を出して削除させたことが問題)。

将棋連盟さんは、ガイドライン制作・公開だけなら何も悪くないし、むしろごく普通の対応と言えるわ。内容面でもガイドラインとしては一般的なレベルなんじゃないかしら。実際、だいたいの会社がやってることよ。文章として命令形でも差し支えないでしょう。

私も前回記事では「手嶋海嶺note記事利用のガイドライン」を冗談で書いたけども、「書いただけ」だったら私のガイドラインほど内容が滅茶苦茶でも、「馬鹿なことを言ってるなあ」で終わりなのよ。馬鹿なことを書く自由も原則としてはあるからね。

善意で守ってくれたら嬉しいと考え、ガイドラインを置いておくのはアリよ。(とはいえ、「ガイドライン違反者については、必ず住所を特定して殺します」とか書いてたら駄目かもしんない。そこは自己責任でよろしくね!)

また、将棋連盟および囲碁・将棋チャンネルの棋譜利用ガイドラインには、じつは「棋譜利用は著作権侵害にあたる」とは書いてないわ。しっかり慎重に避けてるのよ。それを書くと虚偽事実の告知になってしまう問題(またはそうなりかねない問題)は承知していたと推察されるわね。

実際、今回の裁判においても、囲碁・将棋チャンネルは「棋譜に著作権はない」と自ら認めて、争点にしなかったわ。(ついでに不正競争防止法に基づいて争う可能性も有識者に想定されていたが、これも争点にしなかった。)


でも、そうなると裁判所的には、「じゃあ著作権侵害されたからこの動画を消せってプラットフォーマーに伝えたのは虚偽事実の告知であって、不法行為だから賠償責任が生じます」という判断を下すわよね。

しかも「ウチらとしちゃ著作権侵害になると思ってたんスけど、違いました?」という法令の理解不足による過失ではなく、自ら認めてるから故意よ。まあどっちにしても民法709条に引っかかっちゃうんだけど。

(不法行為による損害賠償)
第七百九条
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法|e-Gov法令検索


潔く著作権がないことを認めた点において、囲碁・将棋チャンネルは誠実だったと言えるかもしれないわね。

ただ、本当に誠実なら、「著作権侵害」で削除申請を出すなよという話もあるし、「そもそも"法律上保護される利益を侵害"するという不法行為はしないほうが良かったのでは? 法を守るのは当然であって、誠実と褒める話じゃないでしょうに。」って言われたら……まあ、うん。ハイ。でもまあ、ああいうガイドラインや削除申請については、スポンサーの意向とか色々あったとは思うのよ。あんまりフォローになってないかもしれないけれど。

さて。私は確認していないけれど、訴えた男性YouTuberさん以外にも、囲碁・将棋チャンネルの不法行為による被害に遭われた方がいるかもしれないし、もし他に同様の背景で削除させてしまった動画があるのなら、個別の案件としては裁判所に命令されていないとしても、「誠実に」その回復を手伝ってあげてほしいわね。(実務負担的にとか色々あるでしょうから、ただの個人的な希望よ。)

大体ほとんど儲からない将棋動画を不法に削除されたからといって、いちいち訴訟まで起こす人(起こせる人)は極めて稀で、普通は泣き寝入りを選択するでしょう。可哀想よ。

私が将棋の棋譜を使ってYouTubeに動画を公開してて、それが「著作権侵害」で削除されても、現時点で私のYouTubeチャンネルは収益化すらしてないし、裁判をやったら弁護士代&手間暇で大赤字確定だから、まあやんねえわよ。諦める。

さて。控訴審や上訴もありうるとしてもボチボチ決着してるからいいとして、私にとっては、将棋界隈の反応が少々意外だったわ。今回のメインのお話はどちらかというとここからよ。


将棋界隈の方が表現の自由界隈よりも法令理解してる説

私は「表現の自由界隈」と呼ばれるネット空間ににいるのだわ。とはいえ、メインにしてたエックスアカウントが凍結されちゃってるけど、それは別件だからいいといて。

棋譜にまつわる本件で、ネット民(ネット将棋民、以下、将棋界隈)の反応が私からすると意外も意外、完全に予想の外だったのよ。

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