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平野啓一郎「本心」から学ぶ現代社会問題

平野啓一郎の「本心」…。これは「小説の枠に収まりきれない未来予測」だった。

今後やってくる自分の「未来」、気候変動問題、格差社会、少子高齢化、超長寿社会…。その上でやってくる「自分の死」や「愛する人の死」。

普段目を向けないこと、現代社会問題を、小説を通してとても考える機会になった。平野啓一郎の、作品を通しての社会を変えていこうというメッセージ性にはとても胸を打たれる。

舞台は、今からほんの少し先の未来、自由死(死を自己決定できる権利)が合法化された2040年代の日本。社会問題が、今よりもさらに深刻化された未来がリアル描かれており、思わず「ドキリ」とさせられる。

例えば、気候変動を描写したこのシーン。10月に関わらず、秋がやってこない。

十月というのに朝から蒸し暑く、約束の正午には、気温は30度に達した。街ゆく人も、ほとんど半袖で、ノースリーヴの女性もちらほら目についた。四季の変化がおかしな具合になって以来、夏服をいつしまうべきか、というのは、その時季のお決まりの、誰にでも通用する無難な話題だった。(pp.187)

しかしながら、このブログを書いている今日は、10月初旬というのに最高気温は28℃。30℃に達する未来も遠くはない。

「拡大する格差、自然災害、ウイルスの蔓延など、現代世界の過酷さに耐えかねた人々が、仮想現実の世界に逃げ込む」(pp.286)様子も描いていて、現在のコロナ禍の外出自粛の現実もリアルに反映させられている。アフターコロナで「人の波の戻り」に期待する声も大きいが、オンラインが普及した今、外出しなくても過ごせることを私たちは学んだ。この小説でも、外出せずに、富裕層が買い物や用事を人間のアバターに頼って済ませる様子も描かれる。

この本の主人公は、アバターの仕事をしており、富裕層と自分とを「あっちの世界」と「こっちの世界」と区切る。社会格差の描写が胸にひどく切り刻まれる。

「僕の懸命な人生は、『あっちの世界』の人たちの退屈しのぎだった」(pp.194)
理不尽な格差を是認したまま、『こっちの世界』から『あっちの世界』に行くことを夢見ている彼女に、控えめに反論した。(…)世の中全体が、もっと良くなるべきだと思うことより、とにかくあの二人を置き去りにして、『こっちの世界』のこの場所から抜け出したいと、心底思っていた。(pp.235)

さらに、少子高齢化問題について。平野は、この本を振り返って、「高齢になった時、いつまで生きるかという問題に突きつけられる」と言う。

長生きすればするほど、医療費が嵩む。経済的理由によって、「自由死」を選択せざるを得ない未来。そして国も「個人の自由な意思を尊重する」という名目で、国の保障の負担を減らし、「自由死」を推奨する未来。しかし、平野は「他者が弱者にいつまでも生きているんだという問いを突きつけることがあってはいけず」と主張する。

作中の登場人物たちも合法化された「自由死」について議論を飛ばす。格差社会や高齢化問題がとても深刻にリアルに描写される。

「好き好んで’自由死’する人なんでいないんだし、一旦認めてしまったら、今みたいに、弱い立場の人たちへのプレッシャーになるでしょう?国は財政難で、もう余裕はないんだって。貧しい人たちは足ることを知って、’自由死’を受け容れるべきなんですか?恐ろしい考えです。人間にはただ’自然死’があるだけです」pp.334  (イフィー)
「だけど、現実的に、もうこの国ではそんなこと無理じゃない?こんなに衰退して、どこ見ても年寄りだらけで、誰ももう、安心して人生を全う出来るなんて思っていない。そんな前提、夢物語なんだから。もっと裕福な国だったら違うだろうけど、ないお金はないのよ、それはどうしたって。昔の日本とは違う。pp.336 (三好)」
「だからこそ、言っているんです。役にたつかどうかとか、お金を持ってるかどうかとかで、人の命を選別をしちゃいけないんです。自分の意思で、’自由死’したいって人がいたとしても、その理由を辿っていけば、どこかには必ず、そう考えるしかなくなってしまった事情があるはずなんです。それを取り除いてやることを考えるべきです」(pp.336)(イフィー)

イフィーの言葉は平野啓一郎そのものの言葉と重なる。そして、主人公はこれを、「生きるべきか、死ぬべきか」の問題ではなく、「死ぬべきか死なないべきか」の選択という。

この小説を読むまでは、「自由死」についてはあまり考えて来なかった。しかし、海外映画などで自由死(安楽死)のシーンを見ると、どこか受け容れ難い気持ちもあった。しかしながら、小説を読み進めていくにつれ、「自分の最期をどう過ごすのか」と考え、そして愛する人のの最期は一緒にいたいという気持ちが芽生える。「よく死ぬことは、よく生きること」。「生と死」というのは、同じ場所にあることを身にしみて感じた。

小説を通して、リアルに現代社会問題と向き合える良本。


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