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蜘蛛の糸のメタファー

芥川龍之介の有名な作品に蜘蛛の糸というものがあります。
悪人が地獄の血の池で溺れかけているときに、ひとりの罪人が蜘蛛を助けたことでお釈迦さまが慈悲をくれたためです。
しかし、悪鬼は我先にと蜘蛛の糸をのぼり出したために、ののしりあったために、蜘蛛の糸は切れてしまうのです。
元の血の池地獄で過ごさなければならなかったのです。

これは勧善懲悪の話ではあるものの、仏と衆生を描いたものとは言い難いです。

感応道交では時空を超えて念を送ることができました。

生き霊に直撃し、クロスすることで生命浄化をさせるという奥義ですからね。

また、魂に直撃させれば、その相手の念呪と霊のクロスができたわけですが、この方法を魂ではなく、自然そのものに直撃させればどうなるでしょうか。
色々な伝説の人物たちはそういうことができたということです。
天候を操ったり、災害を予知したりと、自然そのものに念を送りつけることでそういうことをやってのけたのです。

こういうことを言うと見えないものを軽んじる頑固者が出てくるのでしょうが。

難しい科学の本などで勉強した努力は認めますが、その中身はぷつり切れる程度の蜘蛛の糸と同じです。

見えない力を簡単に言うと中々実感がわきませんが、こういうのは実践あるのみです。
気なんてないと思ったものが今や手から出せるとか、人の周りを光が覆っているように見えるとか、色々できたと思います。
念も実践が大切です。


これからも良い記事を書いていきます。