セブを引き上げて日本に帰国した理由

2019年3月末から2020年3月20日まで、家族でセブに滞在しました。新型コロナの影響がなければ、もう一年滞在する予定でした。しかし、3月12日に帰国を決断しました。備忘録もかねて、決断の経緯を書き残しておきます。

3月12日に決断した最大の理由は、マニラの学校が一ヶ月間休校することになったからです。その流れはセブにも波及すると思いました。3月12日は木曜日、週が明けて月曜日は3月16日。もしそこから一ヶ月間休校になれば、フィリピンではそのまま約3ヶ月の夏休みに入ります。つまり4ヶ月間、学校がありません。

ロックダウンや休校になるなら、2週間ではないかと思っていました。今から思えば、それは甘い考えでした。3月11日に2週間分の食料を買ったばかりでした。

セブには適当な公園がありません。そのため、外の公園で遊ばせるということができません。それに加えて外出制限がかかれば、子どもたちはストレスが溜まるに決まっています。それは僕たち親も同様です。一ヶ月間、非常事態を異国の地で乗り切れるとは思えませんでした。

また、新型コロナが中国発のウィルスということで、見た目が中国人に似ていることがマイナスになりました。中国人に似ていることで、風当たりが強くなり始めていました。フィリピンの良いところは、人の暖かさや寛容さ。その部分がなくなってしまうと、ただただ居心地が悪い場所になってしまいます。

そして、治安の悪化も気になりました。ロックダウンにより仕事ができなくなる人が増えると、お金が稼げなくなるからです。また、外出制限がかかった場合に、マンションで働いている警備の人がいなくなるかもしれません。マンションの安全が守られなくなったら、マンションに住んでいる意味がありません。

もともとフィリピンの夏休みの期間中、日本に帰国する予定でした。しかし、フィリピン発の飛行機がいつまであるのか、日本はフィリピンからの飛行機をいつまで受け入れられるのか、それがわかりませんでした。いずれ日本に帰国するなら今のうちに帰らないと帰れなくなると思いました。ちょうどマンションの賃貸契約が4月末まででした。4月1日までに更新するかしないか返答することになっていました。

このような一連のことを考えたとき、セブに留まる理由がありませんでした。日本に帰れば、安全、公園、食事、家があります。日本でもこれから経済不況になることを考えると、自分たちの生活の基盤を日本に移したいと思いました。令和の令という字にはゼロという意味があります。令和は、ゼロから和を作る時代です。我が家もゼロリセットして、これから再出発です。

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