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カレー曜日

今から20年以上前のお坊さん修行中のこと。
私は諸事情により30歳でお坊さんを志したのだが、そんな人生の一大事を決心した後も、京都の本山で1年間修行するとなると色々と細かい心配事が多かった。
住民票は移したほうがいいのか。修行中は収入がないため、友人のお母さんからお付き合いで入っていた生命保険の支払いはどうするのか。携帯電話は持っていけないが、契約は解約した方がいいのか。
そもそも、1年間の修行に耐えられるのか…。

それと、我慢するつもりでいるけれど、食事は全て精進料理なのだろうか。

修行期間は、4月1日から翌年の3月25日までなのだが、その前に、得度を受けなければならない。得度とは、いわゆる、「出家」である。
得度式は3月30日、その前日の29日に両親と京都に入り、夕食は3人でうどんすきを食べた。
いい歳をして、両親が着いてくるのかと思うけれど、「出家」だから特別なのかな。
私にとって、家族3人で食べたうどんすきは最後の晩餐だった。

得度式当日。その前に昼食が出た。ご馳走的なものを想像している私に、焼き鮭弁当のようなお昼。中途半端である。
その日の夜に何を食べたか覚えていない。母は1人で先に帰ったような。
師僧である父だけ残り、一緒に夕食を取ったのだとは思うのだけれど。

その翌日3月31日の午後、修行先の専修学院に入る。寝具や荷物を入れ、諸々の説明を受けてから、夕食の時間になったが、次の日はなんと午前2時起きだとのこと。
午前2時。
ちょっと前まで、布団に入った時間じゃないか。
やはり私は1年間も耐えられるのか。めちゃくちゃ不安になった。今日は何時に寝るんだよ。
で、その日の夕食は、串カツ。

???
串カツ?

え、いいの?大豆たんぱくで作った模造肉などではなく、きちんと豚肉。
なるほど。ずっと精進料理じゃないんだ。
なんとなく、1年間がんばれそうな気がした瞬間であった。

入学してから最初の2週間はとてつもなく時間が過ぎるのが遅く、体感的には2ヶ月くらいかかっているような気がしたが、その後、さまざまなことに慣れてくると少しずつ、時間の経つのも早くなっていった。
そして、食べることへの執着はなかなか捨てることができず(ダメじゃん)、朝食のときは、賄いのおばちゃんが、修行僧に少しでも体力をつけてもらおうと味噌汁に入れてくれる「天かす」にハマった。油ものはすごい。癖になる。今でもスーパーで揚げ玉を見つけると味噌汁に入れたくなる。

また、おかわりができたので、昼のカレーライスは人気があった。毎週、水曜日がカレー曜日だった。

修行中の食事は、「食作法(じきさほう)」といい、食べる前にお経を2分くらい唱えてからみんなで「いただきます!」をするため冷めてしまうし、麺ものだと伸びてしまう。熱々を食べたい私は、カレーの時は1杯目を少なめに盛り付けておき、おかわりで熱々を食べるといった小技を使った。
カレーの味変に、コクの出るマヨネーズや、辛さを増すために七味唐辛子をかけるようになったのも修行の賜物だ。
基本的にポークカレーだったはずだが、ケチャップを感じる味のときや、脂っぽいときもあった。あれだけ、カレーを待ち望み、たくさん食べたときはなかっただろう。

今では、カレーの学校の影響で、スパイスカレーやスリランカカレーも大好きになったけれど、修行のときのドロドロした、大量調理のカレーをたまには食べたい。もちろん、マヨネーズと七味を添えて。

えっと、なんの修行をしてきたんだっけ?

ちなみに。
修行中、ずっと肉を食べられたのではなくて、節目節目の修行期間、精進料理だったことを追記しておく。お坊さんの名誉のため。

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