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文化をつなぐ責任 建築で変える未来

1952年に設立した総合建設業の富士建設(三豊市)は、「建築は文化なり」の言葉を大切にしてきた。同社は1970年、丸亀藩京極家の大名庭園として知られる中津万象園(丸亀市)の所有者となる。そこから12年の歳月をかけて修復作業を行い、1982年に庭園を公開。大名庭園を未来につなぐ、維持保全活動を担ってきた。同社代表取締役の真鍋有紀子さんは、その経験から「公益にお金を投じる文化が必要」と声を上げる。建築で地域を元気にすると志し、勇猛果敢に挑戦する真鍋さんに話を聞いた。 

▽本気で向き合う

寺西 いい街とは。

 真鍋 生活に必要なインフラや仕事が地域にあり、住み続けられる街。その環境づくりは、官庁だけでなく民間企業やNPOなど、色々な人が責任を持ち担うべきだ。 

寺西 富士建設の地域に対する姿勢は。 

真鍋 創業者の祖父は、「企業は得た利益を地域に還元しないといけない。仕事だけで文化を知らないことはさびしいことだ。」と言い続けた。二代目社長の父は、ニュータウン開発やテナント運営などまちづくりを進めた。そして今、私たちは「建築には、人生、文化、社会を変える力がある」と信じ、未来をより良くするために行動している。 

寺西 注力している分野は。 

真鍋 地元企業の事業継続を建築で支援することだ。既存不適格建築物(建設時には適法だったが、以降の法改正などで法不適合になった状態の建築物)は、新たな設備投資ができない、融資の担保にならないなど問題がある。解決には問題を一つひとつ紐解くプロセスが必要で、そこに寄り添う事業者はあまりいない。私たちがやるべきことだと力を入れている。 

寺西 既存不適格建築物に取り組むことになったきっかけは。 

真鍋 競争戦略の面もある。香川県知事から「建築一式」で建設業の許可を受けている業者は約1,000社。自社の強みを考えていた時に、設計を担当する社員が「顧客の課題を解決して感謝されることがやりがいです。」と話した。具体的に聞くと、既存不適格建築物の仕事だった。調べると、同じ悩みを抱える顧客がほかにもいた。「これだ。これこそ、みんなに喜ばれて自分たちがやれることだ。」と取り組み始めた。 

寺西 なるほど。役に立ち感謝されることが、やりがい。 

真鍋 寺社や施工精度の要求される建築家デザインの住宅なども手掛ける。それから、中小企業や小規模事業者の多くは、補助金や融資に関する必要な情報を得られていない。その支援も元請けである私たちの仕事と考えている。 

中津万象園での取材

▽コロナ禍の苦悩

 寺西 コロナ禍の影響は。

 真鍋 私たちが受注する工事は民間が8割以上で、公共は2割以下。コロナ禍で民間の新たな設備投資がストップした。工事の中止や延期で、経営に深刻な影響が出たし、先行きが見えず本当に不安だった。そのような中、ある顧客が「少しでも助けになれば」と小さな工事を発注してくれた。金額の多寡でなくその気持ちに涙が出た。

 寺西 スワニー(東かがわ市)のテント倉庫を手掛けた。

 真鍋 コロナ禍がもたらした心境の変化か、「尊敬する経営者と仕事をしたい」と思い立った。スワニーの板野司社長に突然連絡し、プレゼンをした。それがテント倉庫の受注につながった。テント倉庫は白色で遮熱されるので涼しい。全面採光で手元に影ができないし、自然光はストレスを感じにくい。加えて、テントは軽く杭が要らないので、次の用途に転用しやすい。サンテック(綾川町)の青木大海社長からも依頼があった。

 寺西 1982年の中津万象園の公開から約40年となる。

 真鍋 コロナ禍で人が来なくても、庭園の手入れは止められない。維持管理に年間約5,000万円かかる。入園料でまかなえるのは、良い年で半分程度。丸亀市からの補助金が500万円。コロナ禍で入園者が激減し、賛助会員数も減少傾向。本当に苦しい状況だ。収入の不足分は富士建設やグループ会社からの寄付で補う。社員の負担にならないよう太陽光やテナントなど別の収入源をつくり、なんとか運営してきた。ただ、今後も民間が続けていくべきか検討を続けている。

 ▽公益とお金

 寺西 中津万象園は、企業による芸術文化支援(メセナ)活動でも表彰を受けた。

 真鍋 民間企業が維持し続ける庭園は、全国に数か所しかない。中津万象園の樹齢300年を超す木々は、熟練の庭師が管理する。現存する日本最古(江戸後期の初めごろに建てられたとみられる)の煎茶席は、長年の調査によりその価値が再発見された。庭園を守ることは簡単ではない。

 寺西 昨年12月に公益財団法人中津万象園保勝会(真鍋雅彦理事長)が活動報告書を発刊した。

 真鍋 初めて活動報告書を作成し、問題提起した。民間含め地域が一丸となり「文化を守る」ことを考えないと、今後立ちゆかなくなることがたくさんある。中津万象園を守ってきた私たちだからこそ言えることがある。胸を張って声を上げることが役割だと思っている。公益にお金を投じる文化を香川県で育てたい。

 寺西 2015年から地域密着型クラウドファンディング「FAAVO香川」を運営した(2021年6月末サービス終了)。

 真鍋 きっかけは「みとよ100年観光会議」に集まる魅力的な地域の担い手たち。彼らが活動を継続できるように、資金面の応援をみんなでする仕組みが必要だと始めた。「社会のために活動しているのなら、お金のことは言うな」という空気が嫌だった。中津万象園の運営で、お金の重要性は身に染みている。きれいごとだけでは続けられない。

 ▽未来の物語

 寺西 今後の展開は。

 真鍋 3つある。まず、顧客企業のストーリーを一緒につくり、建築プロジェクトに落とし込めたら。ファンドレイザー(主に民間非営利団体での資金調達を専門に行う職業)は、事業の意義を伝えて共感により支援を集める。これは民間企業にも必要なことだ。次に、災害時に病院や老人ホームなどに、建築面の支援を行える体制を構築したい。非常電源装置の起動や生活に必要な水の確保など、準備出来ることがある。最後は、突拍子もないと思われるかもしれないが、空き地をかつて田舎にあった豊かな草むらにしていきたい。植生のコントロールが課題だが、在来種で緑化できれば面白いし、豊かな地域づくりにつながると思う。

 寺西 建築以外にもやりたいことがある。

 真鍋 コロナ禍は建築の仕事ばかりをやってきた。中津万象園やクラウドファンディングなど建築以外もやることが自分の特色。今後は自分の色をもっと出したい。中津万象園は、時代に合う新たな活用も模索し意地でもいい形で未来につなぎたい。企業研修などで利用できる水曜日の貸し切りプランを用意したところ、予約が入った。

 寺西 最後に一言。

 真鍋 私の思考の根幹にあるのは建築。建物は、同じ図面で建てたとしても、人の想像力や美意識で必ず差が生まれる。富士建設の現場監督たちは、高い技術と職業倫理を持ち、真摯に建築と向き合う。個性的で、なによりみんな建築が大好き。このような人材が自社の一番の強みだ。建築は誰かの「やりたい」を実現するもの。未来に向けたワクワクする物語をともに描き、住み続けられる街をつくりたい。

真鍋有紀子さん