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#7 小中一貫教育のつまずき②

前回の連載で紹介した事例の概要は次の通りです。図を参考にしながら読んでください。


市の進める小中一貫教育推進計画に基づき、コーディネーター役として準備期間における取組を支援することになったC教諭は2小学校間の合同授業や中学校教員の乗り入れ授業を実施し、中学校一年生のアンケート結果からはこれらの取り組みが奏功していたこと様子がわかりました。
けれどもそれらの実践に関係していない多くの教員はこうした乗り入れ授業の成果にはあまり関心を示さず、結果的に学校全体としては盛り上がりの欠ける雰囲気が蔓延する結果になってしまいました。

部分最適化する学校組織


組織内の業務が多忙化したり、成員にかかるストレスが増加したりしてくると、組織の中ではたらく人々の意識が組織全体に行き届かなくなってきます。すると個人の職務や自分の所属する部署のみに視点が固定化し、一人一人の組織成員は組織全体のことを俯瞰した上で行動することが難しくなってきます。これが組織の「部分最適化」です。

真面目な教員であるほどに、自分の仕事で人に迷惑をかけてはいけないという思いから、「他のことはともかく自分に与えられた仕事だけはきちんとこなそう」と考える傾向があり、結果として学校全体のことを俯瞰できる状態にある人が少なくなってきます。すると個人間・部署間の連携協力は消極的になり、お互いに協力し合えばもっと効率的に実施できたり、成果を上げたりすることができるようなことについても、他部署との関係に踏み込んだ提案は敬遠される傾向が出てきます。

つまり「部分最適化」の追求によって「全体最適化」が阻害されてしまうのです。近年の学校ではますます多忙化し、働き方改革によって活動の圧縮が求められていますので、学校組織では部分最適化が進行しているはずです。そして小中一貫教育はこの部分最適化の問題が顕在化しやすい取組であると筆者は考えています。

小中一貫教育は「キッチンばさみ」

筆者は研修等の折に小中一貫教育とは「キッチンばさみ」のような実践であると説明することがあります。

その心は第一に、それがないからといって何かが決定的に困ることは少なく、第二にそれがあったからといって成果(料理)が劇的に改善するわけではありません。学力向上はもとより、実はしばしば強調される中一ギャップへの効果についてもエビデンスは薄弱です。ここ数年で全国的に小中一貫教育の取組は相当進みましたが、不登校状態にある児童生徒数は増加しつづけています。

けれども第三に、単一の効果や機能の点では大したことはないけれど、いろいろなことに使えるので、トータルとしてないよりはあった方がやはり好都合であるという点です。小中学校の連携協力を推進することで、中学校入学時の心理的負担軽減、保護者・地域との連携、総合的な探究の時間の系統性、小学校英語の専門性向上、教員の視野拡大や職能成長など小中一貫教育は学校の組織活動の推進にとって発揮することが期待できます。

このように学校全体としては負担よりも利益の大きい小中一貫教育も、学校内の下位組織の単位に視点を固定化して見ると評価は違ってくることがあります。例えば、学校全体としてはメリットが大きくとも、「研修部の担当が学校区の方針のために小回りが聞かなくなり主体性を発揮しにくくなっている」とか、「中学校英語科の先生がますます忙しくなっている」ということは起こりえます。

学校組織の全体最適化は参画から


 学校内の負担を調整して全体最適化が図られていくためには、その実践を学校全体で支えているという教員の意識を創っていく必要があります。そして、そのためには学校内の教職員が活動に参画し、そこから効力感を感じられる状態にしていくことが不可欠です。

C教諭は「子どもへの教育効果があれば、職員は前向きに取り組むようになるだろう」と考えましたが、部分最適化が進んだ組織では自分の教科や分掌と違うところで成果が上がっていても、それは他人事になってしまいがちです。教員が教師としてのやりがいを感じるのは「できの良い児童生徒に囲まれているとき」ではなく、自分の支援によって「今までできなかった児童生徒ができるようになったとき」であるはずです。

仮にこの実践を推進したC教諭が、職員室でいつも眉間にしわを寄せて頭を抱え込んでいて、他の教員がそこに手を差し伸べてたなら、C教諭が推進してきた実践への意識は違っていたかもしれません。

学校組織が「部分最適化」しやすい今日であるからこそ、小中一貫教育のような全校的なプロジェクトでは「多くの教員の協力によって」成果が上がる、というかたちに持っていくことが必要なのではないでしょうか。

今回のポイント

  • 学校組織は多忙化して心理的余裕がなくなるほどに「部分最適化」しがち。

  • 小中連携・一貫教育の推進は関わる教員が限定されがちで、組織全体ものになりにくい。

  • 組織全体教員のモチベーションを高めるためにはまず参画の仕組みを考える。

<次回に続く>
*このマガジンは2019年度に教育公論社の雑誌『週間教育資料』で取り上げられた連載記事を一部修正し、出版社の許可を得て掲載するものです。(著作権は教育公論社にあります)