2023.10.16 人とは分かり合えない

先日、サイコパス診断なるものをやってみた。

https://mgram.me/ja/diagnosis/psychopath

結果はなんと100点満点
しかも"よく当たる"らしいのだ。

サイコパスとは先天的・後天的を問わず、人間が本来持つ思いやりや良心、親愛の心などの感情が著しく欠けている人を指します。

https://mgram.me/ja/diagnosis/psychopath
上記より引用

明るい陽射しの中、お客さまのお宅にお邪魔して開催したマクラメのワークショップで、お客さまと「人からいろんな(念のような)ものをもらいやすい性質の人がいる」という話になった。占いをナリワイとしてるので気になったようだ。わたし個人はどちらかというと鈍感で、人の感情が全くわからないタイプだ。話の途中、先日のサイコパススコアを思い出した。

わたしは元々他者の感情に興味が薄く、共感性に欠けている自覚がある。それは心理学の勉強やカウンセリングで行った複数のテストでも顕著に現れていた。わたしの中には【他者の考えや感情はわからない】という前提が存在する。

仕事を終えて車を走らせながら【他者の考えや感情はわからない】という前提ができた経緯について考えていた。
中2中3の反抗期、毎日のように母と泣きながら喧嘩を繰り返していた。母とわたしは見ている世界から話す言語まですべてが違っていて、どんなに言葉を尽くしても話が通じる気がしなかった。母は毎日のように「なぜわかってくれないのか」と泣いたが、わたしもなぜ日本語が通じないのか理解できなかった。「わかりあいたい」母と「お互いの立場と主張の食い違いを理解して欲しい」わたし。そもそも相手に押し付けてるものが違う時点で「わかる」も「理解」もありえなかったのだろう。

思春期のこの経験は今でも尾を引いていると思う。わたしは「わかってちゃん」だったので、旦那氏にも子どもたちにも"わかってほしい"とずっと思ってきたけれど、そもそも"育ってきた環境が違う"のだから本当の意味でわかり合えるはずがないのだ。それが身に沁みたのか、旦那氏とは長い時間をかけて「わかり合う」関係から「尊重しあう」関係にシフトしてきたように思う。自分とは異なる感情と考えを持つ相手を受け入れたことで、わかって欲しい気持ちが薄れて心が軽くなった気がする。

余談だが、サイコパススコア100点のわたしも人の感情を全く感じない、考えない訳ではない。相手の感情や思考のパターンを考慮して動くのは苦手ではないし、気持ちを汲んで先回りして動くこともあるのだが、そんなことをしたところで相手は気付かない上に、相手が本当にして欲しいことがなんなのかわからず無駄に動いて疲れることが多い。何より相手の感情を気にしすぎると正解が分からず胃が痛くなる。胃を痛めながら空気を読むくらいなら、図々しくても直接聞いたほうが効率的だと思ってしまう。

ここまで書いて、感情のやりとりを効率で考えるからわかり合えないんだと、頭の中でもうひとりのわたしが笑った。

ワークショップで作ったマクラメのブレスレット
久しぶりのワークショップで長く仕舞われたままの石たちも喜んだ気がした。

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