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自分を変えてはいけない話とインドアグラの停電の夜

昔の知り合いがとある舞台に立つというので、その舞台を見に行った。

そこにはその知り合いのご家族も来られていて、舞台が終わったあと、そのご家族とお茶をすることになった。

カフェには舞台に立った本人、そのお母さん、そしておばあちゃんがいた。

僕がタバコを吸うことをそのお母さんは知っていて、お母さんもおばあちゃんもタバコ吸いなので、席は喫煙所の近くになった。


おばあちゃんは喫煙所で楽しそうにタバコを燻らせながら、僕にこう聞いた。

「何年くらいタバコ吸ってはる?やめようと思うことはある?」

かれこれ10年くらい吸っていることと、何度も禁煙に挫折してきたことを話した。タバコ吸いの間では、よくある会話だ。

普通はここから、どうやってタバコやめるのがいいかみたいな話やタバコが増税でいくらになったらやめるかみたいな話に転がっていくことが多い。

会話を弾ませたい僕は、次の展開を予測しながら話が膨らむエピソードを用意する。まるで、会話を楽しめてないのだが、そうしないと沈黙が訪れて気まずくなることが怖くて、なんだかそんなふうになってしまう。


でも、おばあちゃんは全く別の方向に話題を転がし始めた。

「あんたタバコそれだけ吸ってるんやったら、絶対やめたらあかんで」

なかなかファンキーなおばあちゃんだ。
まぁでもこの手の話もよくあることだ。結局タバコ吸いは、誰かがタバコを吸わなくなってしまうことに対して、やるせなさみたいなものを感じる生き物なのである。

喫煙所で一緒になるのが楽しみだったのに。ふとした瞬間に目配せをし合って喫煙所に逃げ込んで、現状を憂うあの時間が共有できなくなってしまうなんて・・・。

そんなことを考えるものなのだ。

と思っていたら、話はまた違う方向に転がり始めた。

「うちの旦那の話やけどな。」といっておばあちゃんが語り始めた亡くなったおじいちゃんの話。

おじいちゃんは、おばあちゃんと一緒でずっとタバコ吸いだったらしい。結構なヘビースモーカーで、1日1箱くらいを毎日吸っていたそうだ。
それでもおじいちゃんは健康で、大きな病気もしたことがなくて、元気に過ごしていたそうな。

ところがある日、おじいちゃんとおばあちゃんの共通の友人が亡くなってしまう。脳梗塞だったらしい。

それを聞いて、おじいちゃんはタバコをやめる決意をしたそうだ。

おばあちゃんは煙を燻らせながらそんな話を語ってくれた。その顔はけむたいのか、寂しいのか判別のつかない顔だった。

「タバコを辞めて一ヶ月して、急に病気になりおってん。それでそのまま死んでもた。」

タバコの灰を灰皿に落としながらおばあちゃんは続ける。喫煙所の灰皿にはたくさんの人が落としてきた吸い殻がブヨブヨになりながら水にぷかぷか浮いていた。

「人間な、急に自分を変えようとしたらあかんねん。きっと、今やってることがあんたにおうてる(合ってる)ことやねん。他人から見たら、はよ辞めたほうがええよいうことでも、あんたにはそれをやってる意味があるわけや。だから自分を変えたいなんて簡単にいうけど、あれがええことやとは私には思われへん。その人らしくが一番ええの。今あなたがやってること、続けた方がええんちゃうと私は思う。」


そういって、おばあちゃんはニコッと笑って二本目のタバコに火をつける。

なんだか、僕はえらく納得してしまった。もちろん、所詮タバコの話だし、おじいちゃんの病気はそれでも発症してたかもしれないけれど、おばあちゃんがそんなことを感じた後ろだてには、人生のいろんな経験がつまっているような気がしてならなかった。



話は変わるがインドのアグラへタージマハルを観にいったとき、安宿に泊まったらその宿が停電した。
時間は夜だったから、周りは真っ暗で、何もすることができない。部屋のベッドでぼんやりとスマホを見つめていたら、宿のオーナーである若いお兄ちゃんが、ロウソクを持ってやってきた。

部屋は真っ暗だから、下に降りてこい。ご飯を作ってやるとのことだった。

この停電のさなかに、食事を作るのも変な話だと思ったが、その話にのることにした。

食堂には、誰もいなくて、テーブルの真ん中にはぼんやり燃えるロウソクが置いてあった。

どうしてロウソクってあんなに真っ暗闇に似合うのだろう。


キッチンから顔を覗かせた宿の兄ちゃんは、待ってろと言いながらこんなことを言った。
「停電の夜は食事を作るのに限る。テレビも見れないし、読書もできない。スマホはあるけど、なんだか使う気にはならないんだ。」

ガスコンロを取り出してきて、器用にマッチで火をつけて、その火の上のフライパンでご飯を作る宿のお兄ちゃんは、えらく手際がよかった。きっと慣れているのだ。

「こんな夜にあがいても仕方ない。停電には停電の楽しみ方がある。ご飯ができたらゆっくり話をしよう。どうして俺がアグラの宿を一人で切り盛りするようになったかって話。聞きたいだろ?」

自信たっぷりの顔が、ぼんやりとロウソクに照らし出される。


喫煙所で煙を吐き出して
「だからあんたも今のままおり。それがええ」
というおばあちゃんと、あの時のロウソクに照らされた自信たっぷりの顔がなぜだかぼんやりと重なった。


今を楽しむとか、今の自分を愛するとか、そんな簡単な言葉じゃない、二人の人生経験がそう思わせたのだとしたら、それも一つの事実だろう。

あぁ、もういっそこの場所が停電してくれたらいい。おばあちゃんとコーヒーを啜りながら、タバコの先の火だけを見つめて、ぼんやりと浮かぶその自信たっぷりの表情で「私がなんでおじいちゃんと一緒になったか、話したげるわ。聞きたいやろ?」とおばあちゃんに言って欲しい。そんな気持ちになった。

カフェでの一幕。








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