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エネチェンジ社事案は、監査法人からどう見えるか

エネチェンジ社の外部調査委員会報告書と監査法人とで「不正か否か」が対立していると言われている件。監査法人からどう見えているか、解説します。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

SPCの会計処理をめぐって会社と監査法人が対立しているエネチェンジ社の事案。
2024年6月27日に公表された外部調査委員会による報告書では「不正ではない」との結論なのに、監査法人が「不正だ」と主張、対立していると報道されています。

今回の記事では、監査に詳しくない方に向けて、このような件が監査法人からどのように見えているかを解説していきます。
監査ガチ勢の方は、斜め読みしていただけると、案件の内容をキャッチアップできます。

なお、この記事は、調査報告書の内容を中心に、公開されている情報のみに基づいて作成したものです。
また、この記事は、どの組織の意見も代表または示唆するものではありません。外部調査委員会による調査、その調査報告書、監査法人による監査を批判することもこの記事の目的ではありません。



⚡エネチェンジで何が起こったのか?

議論の前提として、何が問題になっているのかを押さえておきましょう。

問題となった会計処理

ENECHANGE(エネチェンジ)社は、電気自動車(EV)への充電事業などを行う会社です。
2020年に東証マザーズに上場。現在はグロース市場に上場しています。

2023年12月期に、SPCを通じてEV充電サービスを提供するスキームをスタート。
SPCはこのサービスを提供するために、充電機器が必要ですが、これをエネチェンジグループがSPCに販売、据え付け工事も実施します。

ここで、充電機器本体をSPCに販売し、工事を実施した時点で、エネチェンジグループの機器売上や工事売上を計上できるか否かが問題となりました。

すなわち、SPCがエネチェンジの子会社であれば、グループ内の取引のため、連結上は機器・工事の売上を計上することはできません。
子会社でなければ、グループ外部に向けての取引ということになり、売上を計上できます。

なんとしても売上を計上したかったエネチェンジ経営陣は、SPCは子会社ではないと結論づけ、監査法人に認めさせる必要がありました。

監査法人は、一旦は売上計上でOKとしたものの、のちに新たな事実が発覚し、現在はエネチェンジ社、監査法人双方が売上計上するべきでないとの結論に変更されています。

時系列による経緯

  • 2023年

    • 2月~10月 SPC組成などスキームを成立させる一連の手続を実施

    • 4月24日 あずさ監査法人より、売上処理で問題ないと回答を得る

    • 12月31日 2023年度決算日

  • 2024年

    • 2月19日 あずさ監査法人より、当案件に関する外部通報を受領した旨が共有される

    • 3月6日 3月の株主総会では決算の報告ができず、継続会となる旨をプレスリリース

    • 3月27日 当案件について外部調査委員会を設置する旨をプレスリリース

    • 6月27日 外部調査委員会による調査報告書を公表

調査報告書を公表する6月27日のプレスリリースには、次のような記載があります。

有限責任あずさ監査法人(以下、あずさ監査法人といいます。)は、(略)調査報告書の内容を踏まえてもなお、重要な虚偽表示の原因となる不正があると判断し、そのため「監査における不正リスク対応基準」に従って、監査手続を実施している旨、あずさ監査法人より説明を受けております。

エネチェンジ社「外部調査委員会の調査報告書の公表に関するお知らせ」(2024年6月27日)より


⚡監査法人からは、どう見えるのか?

あくまでも公表されている事実により、「私だったらこう考えたのではないか」という観点からお話しを進めます。

なお、問題となった会計処理がどの程度の金額のものなのかは、調査報告書では黒塗りになっていて分かりません。

新事実発覚前

そもそもSPCを使ったスキームは、エンロン事件でも多用されていたように実態を隠す不正のために利用されることがあり、監査法人としてはそれだけで懐疑心が高まります。
また、不正の意図はなくても純粋に会計判断が難しいことが多く、間違えやすい論点でもあります。

しかも、調査報告書によると、エネチェンジ社は今回のスキームに至る前に2回スキームを変更しています。
最初は業務委託先に合同会社を設立してもらうシンプルなスキーム。監査法人から、実質的に支配しているから連結するべきでは、と指摘を受けて断念。
次に、第三者に販売した充電機器の利用権を、リースバックするスキームを検討。やはり監査法人より、売上計上できないと指摘されました。
SPCを使ったスキームは三度目の正直だったわけです。

会社として、どの時期に売上を計上できるかは重大事ですので、いろいろなスキームを慎重に検討することは分かります。
しかし、売上を計上したいタイミングが先に決まっていて、それを達成するために何度も挑んでくる姿を見ると、監査人としては懐疑心がマックスに達すると思います。

外部通報を契機に新事実の発覚

売上計上することに一旦はOKを出したものの、疑わしいと思いながら監査を進めているところに、外部通報が届きます。
調査報告書では、外部通報の内容については触れられていません。「会計処理に疑義を呈する外部通報」とされているだけです。

したがって不正だと記載されていたかどうかは分かりませんし、次の新事実が記載されていたかどうかも分かりません。しかし、外部通報を受けたことで、懐疑心が一気に元通りのマックスになっても不思議ではありません。

外部通報後、監査法人にとって次のような新事実が発覚します。

  • エネチェンジのCEO個人が、SPCの最大出資者に対して資金の貸付け(金銭消費貸借契約)を行っていたが、まったく説明されていなかった

  • SPCの出資者は、SPCへの出資をエネチェンジ社に譲渡するプットオプションを有していたことは事前に説明されていたが、監査法人には例外的なケースを除き行使されないと説明していたのに対し、出資者には行使する前提で説明されていた

  • プットオプションが行使されない理由として、事業計画の達成可能性が高いことが挙げられていたが、その後実績は計画を下回っていたのに監査法人には説明されていなかった

特に最初の個人貸付については、私だったら「やられた!」と思います。
これが分かった瞬間から、何もかも信用できないように色眼鏡で見てしまいそうです。

「そんなに大事な貸付なら、監査で見つけないといけないのでは?」という議論も確かにありますが、監査の対象である会社が当事者でない契約なので、隠されると非常に見つけづらいのが実状です。
もし出資者に出資するだけの資金がなさそうであれば、その出どころを聞くと思いますが、「銀行から融資を受けられる見込みです」などと説明され、実際に出資のための支払があると納得してしまうかもしれません。

調査報告書発行後

調査報告書には、メールやSlack投稿からの抜粋として、次のような言葉が躍っています。(なお、E社、G社、X氏はいずれも出資者ないし出資予定者)

「ここは監査法人に黙って巻きたい」(P. 23)

「一旦、今年度の会計処理さえOK がでれば、翌年度以降もOK になると思いますので、当社が充電収入の最低保証を行うとか、前払いでの資金提供を行う等で、E 社に実質的にリスクを回避するスキームに当然するつもりです」(P. 25)

「暫定的に時間稼ぎをした上で、速やかにE 社さんに金銭負担リスクのないスキームに変更しましょう」(P. 26)

「G社への貸付けは実際問題ない(ばれない)と思います」(P. 32)

「金銭消費貸借は絶対に表に出さないでください・・・表に出るとアウトな奴なので。」(P. 53)

(ページ数は、調査報告書)

個人貸付などの発覚により、すでに「こいつら、だましやがって」と思っているところに、このような言葉に接すると、懐疑心どころか不信感しかなくなってしまいます。

さらに、これです。

「あずさ監査法人がデジタル・フォレンジック…を実施する意向を有していることを聞いた後、パニック的にX 氏との間の電子メールを一部削除した」(P. 64)
※直後に考え直して、削除したものは復活したとのこと。


⚡結局、不正なのか?

物事には複数の解釈が存在することがありますが、不正の疑いがあるときも大体はそうなります。

本件でも、不正ではない、少なくとも不正だと断定はできないという解釈はあり、調査報告書ではこちらの見方をとっているようです。

しかし、同じ事実を不正だと解釈することも可能です。
監査では物事をさまざまな角度から見る必要があり、特にネガティブな見方ができる場合は、それを払拭する強力な証拠がない以上はそれを前提として監査を組み立てざるをえないように思います。

なお、監査上不正として取り扱うことと、法的に不正だと断定することはちょっと違います。
監査法人は、不正に関する法的判断は行わないことになっています。(監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」第3項参照)


おわりに

このようなことになる背景として、大手を中心とした監査法人の会計判断に対するスタンスの影響があるかもしれません。

監査法人の品質管理部門には多くのクライアントの案件を検討した結果が集積しています。その大半が、会計基準の明文規定だけでは解決しない問題です。
新しい案件があると、既存の案件での検討結果を踏まえて結論を出すことができます。

ところが、クライアントには他社の既存の案件の内容については知ることができません。したがって、会計基準を独自に解釈しながら会計処理を組み立てせざるをえません。
そして監査法人に相談すると、ダメだと言われます。理由は説明してくれますが、他社事例の詳細は分からないのですっきりはしません。
監査法人の説明を手がかりに、会計処理の第2案を考えます。監査法人からは、またダメだと言われる。

これを繰り返すうちに、監査法人の腹を探りながら会計処理を模索するようになってしまうのかもしれません。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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