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投資家目線と監査人目線は意外に似ている【監査ガチ勢向け】

投資家がどのような情報を重視しているか。監査人が意識する機会はあまりありませんが、実は監査人の目線と共通するところが多いようです。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

機関投資家のグループが「投資家との対話のお願い」という文書を公表しました。2023年10月3日のことです。

企業年金連合会、第一生命、三菱UFJ信託銀行、大手資産運用会社4社が事務局となって作成したこの文書では、投資家が企業価値評価をどのように行い、企業にどのような情報開示を求めているのかを伝えることが目的になっています。

今回はこの「投資家との対話のお願い」を眺めながら、投資家目線と監査人目線とを比較していきましょう。
監査ガチ勢の皆さまにはうれしいお勉強モード。気合入れて行きます。



投資家が企業との対話で望んでいること

この「投資家との対話のお願い」の中に、こんな文章があります。

「収益性の向上」と「成長性の拡大」に向けた取り組みと、適切なリスクマネジメントや資本政策、ガバナンスの整備など「資本コストの低減」に向けた取り組みを説明し、投資家にその実効性と実現可能性に確信をもってもらうことが、企業価値評価を高めるIR活動の基本となります。

一般社団法人 機関投資家協働対話フォーラム
「エンゲージメント・アジェンダ 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた投資家との対話のお願い」より抜粋

これをかみ砕くと、こんなところだと理解しています(ほぼ同じですが)。

  • 企業価値を高めるIR活動とは? ポイントは次の3つ

    • 収益性の向上」と「成長性の拡大」に向けた取り組みを説明する

    • 資本コストの低減」に向けた取り組みを説明する(適切なリスクマネジメントや資本政策、ガバナンスの整備など)

    • この二つの「取り組み」を説明することで、投資家にその実効性と実現可能性に確信をもってもらう

資本コストの説明は皆さんには不要だと思いますが、ざっくり書いておきますので薄目で読んでください。
資本コスト(ここでは株主資本コスト)とは、株主の期待収益率。株主にとって「大事なお金をこれくらいのリスクがあるものに投資するんだから、これくらいもうけさせてもらわないとね」という期待。
株主にとっての機会費用であるため「コスト」と呼ぶ。


企業は「企業価値向上に向けたストーリー」を語るべし

「収益性の向上」「成長性の拡大」「資本コストの低減」をどう説明すれば、投資家は実効性と実現可能性に確信をもってもらえるのか。
「投資家との対話のお願い」は、ストーリーとして説明してくれ、と言っています。

そして、このストーリーに何を盛り込めばよいかも書いてくれています。

一般社団法人 機関投資家協働対話フォーラム「エンゲージメント・アジェンダ 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた投資家との対話のお願い」より抜粋

左列の1)~7)の7項目が盛り込むべき内容。真ん中の「主な説明項目」がその詳細になっています。

右列の「投資の評価項目」にある分類は、先ほどのポイントと関係しています。
➀ 収益力はあるか⇒収益性の向上
② 成長性に確信が持てるか⇒成長性の拡大
③ リスクマネジメントは適切か⇒資本コストの低減
④ 資本市場に対する姿勢、資本政策、ガバナンス、経営トップの熱意⇒資本コストの低減


「企業価値向上に向けたストーリー」と監査目線との関係

ここまで読み進めてきて、イライラされているかもしれません。
「監査の話が出てこないじゃないか💢」
お待たせしました、ここからが本番です。

投資家は、企業の今よりも将来に関心があります。
監査は、過去の実績である財務数値を対象としています。
両者は180度違う方向を見ているようですが、この7項目でつながっています。

1)実現したい中長期的な経営ビジョンや使命、パーパス

今のことであろうと過去であろうと未来であろうと、企業のことを知るためにまずは使命やパーパスを押さえないといけませんね。
監査では、統制環境の理解において重要です。

少し前に「ガバナンスガチ勢向け」としてこんな記事を書いています。

2)現在のビジネスモデル、価値創造の源泉・競争力の源泉、収益構造、市場環境

この企業の置かれている環境はどんな状況なのか、その中で企業はどのように利益を獲得しようとしているのか。
それを把握してから、投資家は将来を占い、監査人は現在地や過去を理解することになります。
監査で言うと「企業及び企業環境の理解」ですね。

過去の監査の失敗事例でこんなのがありました。いずれも売上高の架空計上です。

  • この会社のビジネスからは、このような取引で収益を獲得するのは明らかにおかしい

  • 売り手と買い手の間にこの会社が入ってマージンが落ちているが、この会社が果たしている機能が不明確で、何に対してマージンを受け取っているのかわからない

ビジネスモデル、収益構造、競争力の源泉など、企業についての理解不足、あるいはその理解に基づいて現実の取引を見るときの懐疑心不足ということになります。
もっとも、きっと監査チームはおかしいと思いながらも、不正の端緒を見つけられなかったんだろうと想像しています。

3)リスクと成長機会となる重要なサステナビリティ課題(マテリアリティ、特に財務的マテリアリティ)
4)ビジョンや使命、パーパスの実現に向け、マテリアリティ、特に財務的マテリアリティを踏まえた、企業価値を向上させる中長期戦略
5)中長期戦略の遂行のために必要な経営資源、特に人的資本・知的財産など無形資産

この3つはまとめていきます。

まず、認識するリスク及び対応策
監査の言葉では「事業上のリスク」。監基報315にある定義でも「企業目的の達成や戦略の遂行に悪影響を及ぼし得る重大な状況」云々となっていて、これは投資家も注目しているところです。
監査では、どのようなリスクが認識されたかだけでなく、認識して評価するプロセスについても突っ込んだ理解が必要ですね。

成長戦略はまさに投資家目線の「成長性の向上」ど真ん中。
監査では、繰延税金資産の回収可能性や固定資産の減損など、事業計画が登場するときに「いかに成長を見込むか」は決定的な問題になります。

ちなみに、見出しにある「マテリアリティ」についてはご存じでしょうか? 監査上の重要性の基準値とはまったく違います。
サステナ開示の議論でよく出てきますが、「企業の重要課題」と言うような意味で使われています。

社会や環境が企業の財務数値に対して与える影響が大きい重要課題が財務的マテリアリティ。
これとは逆の方向で、企業が社会や環境に与える影響が大きい重要課題も注目を受けています。
この二つのマテリアリティを総称してダブルマテリアリティと呼ばれます。

6)財務的マテリアリティによる将来財務への影響、取り組み目標とKPI

企業の内部の経営管理のために経営指標は重要ですが、投資家に向けたIRでも重点的に説明されています。
適切な指標が選択されているのか、目標値は成長にどのように関連しているのか、実績は目標を上回ったのか、といった観点です。

経営指標自体は監査対象ではないことが多いですが、不正リスクの識別には重要ですね。
経営陣としては「IRで社外に公表した目標を達成したい」
事業の責任者としては「経営陣に約束した目標を達成したい」
その気持ちに実績がついてこないと、不正に走る動機が生まれます。

7)これらを適切なリスクテイクのもと積極果敢に推進するガバナンス、特に、サステナビリティに関わるガバナンス(サステナビリティ・ガバナンス)

投資家との対話、情報開示の方針、資本政策
これは監査からは遠そうですね。特に「投資家との対話」。
「情報開示の方針」は、「法に触れない最小限」を目指す会社が多く、監査現場では苦労するところです。
「資本政策」も、今後の計画については監査に関係しないことが多くなりそう。資本政策を実行する局面になると、その会計処理や適法性が問題になることもあります。

ガバナンスの方針、体制、取り組み
統制環境、リスク評価、モニタリングなど、監査でも全社統制として対応しています。
ただし、投資家目線では、規律を保つ仕組みがあるか、といった「守り」だけでなく、積極的に取るべきリスクを取っているかという「攻め」も同じように重視されている点が違うところです。

経営トップのコミットメント
適正な財務報告へのコミットメントであればよいのですが、経営指標のゴール達成へのコミットメントがあまりに強いと、不正リスク要因になる疑いが濃厚。
あるいはもしCEOが「その件は専務の○○から」などと部下に頼ってばかりで自分の言葉で語れないと、投資家も監査人もがっかりです。


おわりに

監査人が保護しているはずの投資家のことを身近に感じていただけると幸いです。

こんな記事も以前に書いていますので、ご参照ください。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはTwitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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