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「500円で監査します」が可能になったら?

監査に破壊的イノベーションが起こったら、どうなるでしょうか。例えば500円で監査できるようになったら……


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

監査人も、クライアントも、規制当局ですら、監査がこのままでよいのか、という問題意識を持っています。イノベーションは、そんなときに起こりやすいのかもしれません。
もし、監査が今とまったく違う姿になるとしたら、どんなことになるでしょうか?


破壊的イノベーション

「イノベーションのジレンマ」(クレイトン・クリステンセン)の中で中心的なテーマとなっている「破壊的イノベーション」。おおむね次のような段階を経過すると言われています。

  1. 衝撃の廉価版が登場。既存勢力も既存顧客も、低品質/低機能だとして相手にしない

  2. 廉価版は、新しい顧客層を開拓しつつ、品質を向上させる

  3. 廉価版の品質が向上すると、安ければこれで十分では、という声が既存顧客の中に広がる

  4. 既存顧客が廉価版に流れ、既存製品は淘汰される

監査の「廉価版」とはいくらくらいか? ちょっと極端に500円と考えてみましょう。思考実験なので、「せいぜい5百万円だろう」とか固いことは言わないでください。


監査の破壊的イノベーションを可能にする条件

どんなことが起これば、そんなタダのような値段でできるでしょうか?

全自動化

500円に人手が介在する余地はまったくないので、最初から最後まで自動化される必要があります。
そのために、会計情報はもちろん、すべての証拠もデータで提供され、すべての内部統制は自動化されたIT統制になっていないと難しいでしょう。

監査報酬以外から収益を得る手段

500円でできてしまうと、日本の全上場会社の監査を総どりしても2百万円にもなりません。ほかに収益を得る手段が必要です。

一つは、クライアントに監査法人が提供する統合システムを使ってもらい、使用料をとることです。あるいは、他社が提供するシステムを監査法人が認定し、システム会社から認定料を受け取ることも考えられます。
全自動化のためにはシステムやデータが信頼できることが大前提なので、そこに監査法人が関与することは合理的です。

もう一つは、クライアントから入手するデータを別の用途に使って収益を得る方法。当然ながらクライアントの了解をとる必要はあります。
全自動化すると1社あたりおびただしい量のデータを取り扱うことになり、マーケティングや各種調査などに使えると莫大な価値を生み出すでしょう。
ひょっとすると今の監査報酬を超える金額を監査法人がクライアントに支払ってでもデータがほしい、ということになるかもしれません。

制度のアップデート

監査責任者の不在、監査が失敗したときの法的な責任、会計システムへの関与と独立性、入手するデータに含まれる個人情報の取り扱いなど、今の制度のままではどうにもならないことがたくさん出てきます。

取引全件を精査することが可能になる一方、手続の内容も変わり、もはや「監査ではない何ものか」になっている可能性もあります。ここにも制度の手当が必要です。


監査の破壊的イノベーション、そのときどんなことが起こる?

妄想をさらに膨らませて、500円監査が実現した世界では、どんなことが起こっているか考えてみましょう。

監査は会計システムのオプションになる

監査法人が提供するシステムの初期設定をするときに、監査の要否を選ぶボタンがあって、「必要」にチェックマークを入れることで監査を依頼することになる。

適正意見以外の監査意見が頻発

機械的に監査をするため、特殊事情の評価が難しく、意見不表明、不適正意見、限定付適正意見が増える。
同じシステムに複数の監査法人が認定している場合は、複数の監査を受けて都合のよい意見を出してくれる方を選ぶ、というオピニオンショッピングが横行。新たな規制が議論される。

監査の基準がコードになる

監査の基準(監査基準、監査基準委員会報告など)が改訂されるたびに人手で監査プログラムを書き換えていては非効率なので、ここも自動化される。
文章として発行された基準を解釈してコード化するのはまどろっこしいので、最初からコードで発行される。

どうしても人手が介在する手続が発生すると、高額報酬を請求

経営者不正への対応、非常に困難な会計上の見積りなどで人間が手続を実施しないといけないことがあると、500円ではまかなえず追加報酬を請求。イレギュラー対応として高額に。

公認会計士の役割が変わる

監査法人はIT産業と教育産業にシフトする。
個々の監査には会計士は不要になり、監査アプリケーションの開発をする(IT産業)か、監査を受ける会社に適正意見をもらえるような指導をする(教育産業)かに分かれる。


おわりに

まったく荒唐無稽な妄想に突き合わせてしまい、申し訳ありません。
万一500円監査が実現するとしても、早くて20年後でしょうか。技術的に可能になっても、規制の変更に時間がかかりそうです。

500円監査は実現してほしくないですが、皆さまが今後、監査の将来を考える上で何かのヒントになれば幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはTwitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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