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クライアントへの気遣いが監査人を助ける【監査ガチ勢向け】

Twitterで、監査人に対するご意見を募ったところ、50人を超える方々から反応をいただきました。我々監査人は、そこから何を学ぶべきでしょうか?


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

企業の経理部門などで監査を受けている方々に、以下のようにお聞きしました。

50人を超える方々から返信や引用リツイートをいただきました。
ご協力いただいた皆さま、どうもありがとうございます。

監査人の方々は、このように思われたかもしれません。

  • 会社の方がよっぽど問題があるだろ

  • なんで寝た子を起こすようなことするんだよ

  • もう忙しすぎて、今以上に何かやるなんて絶対に無理

  • お前は監査パートナーだったくせに、どっちの味方なんだよ

確かに。私が監査マネジャーだったら、こんなことするやつはフォロー外してブロックした上にスクショ張ってク○リプしていたかもしれません…

私がこのような質問をした背景には、次のような仮説があります。
「監査人はもっとうまく立ち回れば、監査現場の負荷もストレスも下がり、クライアントの満足度も向上させられるのではないか」
今回は、「監査現場の負荷軽減」を目的とした議論に焦点を絞って考えます。

監査人が「うまく立ち回る」ために

私の知る範囲では、監査人はピュアに監査に向き合う人が多く、うまく立ち回ってしたたかにコミュニケーションをリードすることが不得意だと思います。
(もちろん、全員ではありません。また、クライアントからご覧になって、監査法人全体の動きについてはご異論があるかもしれませんが、ここでは監査チームメンバーに限った議論としています)
この結果、会計処理や内部統制などの本筋からはなれたところで対応に走り回ったり、問題はクライアントにあるのになぜか監査人が謝る羽目になったりします。

「うまく立ち回る」とはどういうことでしょうか?
極端な例を二つ考えてみましょう。

クライアントA
固定資産の減損会計にまじめに取り組まないクライアント。監査チームが苦労して、減損にならない理屈を考え、毎期の監査をクリアしている。
ところがある年度で、収益性の悪化した事業があり、パートナーが減損損失やむなしと判断。クライアントに伝えたところ、こんなタイミングで言ってくるなんておかしい、これまでそんな非常識なことを言ってきた先生はいなかった、と大騒ぎに。

「うまく立ち回る」とは?
減損会計の適用について大幅な改善が必要、と継続的に指摘していれば、仮に同じタイミングで減損損失の話題を出しても、「あれだけ言ってきたのに、どうしてまだできないんですか」と強く出られた可能性があります。

クライアントB
あるクライアントでクレームが多発している。スタッフが挨拶をしない、資料を持って行っても礼も言わない、会議室をきれいに使えない、ヒアリングに協力してくれた他部署の部長に失礼な態度をとる、など監査以前の社会人としてのマナーの問題。パートナーはCFOにいつも小言を言われ、小さくなっている。
実はこのクライアント、会社の方々の態度もよろしくない。スタッフへの当たりが強く、資料はなかなか出さず、質問には基本的に拒絶する姿勢。クレームの中には、挨拶しても無視されると言ったように、クライアントに起因するものもあり。

「うまく立ち回る」とは?
CFOにクレームされてしまってから「御社にも問題がありますよ」と言うと、売り言葉に買い言葉のように聞こえて紛糾必至。監査チームとしてマナーを守る努力をした上で、パートナーから先手を打って監査現場の状況を報告し、お互いの改善に向けて建設的な議論をしておけば、気持ちよく仕事ができる環境が作れたかもしれません。

今回、監査を受ける立場の方々からのご意見を参考に、監査人の皆さまに3つの提案をさせていただきます。

❶ ほとんど負担のかからない範囲では、できるだけきっちりやろう
❷ 負担がかかる場合は、今の負担と将来の負担を比較しよう
❸ 可能な範囲でクライアントからの信用を積み上げよう

これだけでは意味が分からないと思います。
以下で詳しく見ていきましょう。

❶ ほとんど負担のかからない範囲では、できるだけきっちりやろう

いただいたご意見の中には、改善するのにほとんど監査チームの負担にならないものがあります。

これは改善しない手はありません。クライアントの不満が減ることで、監査人にとっても余分な負担を減らすことができます。

マナーの改善

マナーを改善してほしい、というご意見がちらほらありました。
「常識的なマナー」といってもクライアントごとに微妙に違います。すべて完璧に理解して実行することは難しいですが、次の二つでかなり改善できると思います。

  • 監査チームメンバーがマナーに対して高い意識を持つ

  • クライアントの立場に立って考える

パートナーかマネジャー、あるいは現場のリーダー役のシニアスタッフが、「マナーはちゃんとしようね」ということを言い、マナー上よくないことを目にするたびに指摘しあうことで、かなり意識が変わります。

また、相手の立場に立って、何をしてほしいか、何をされると嫌かを想像することは、マナーを考える上での基本動作です。

クライアントにレスを早くする

私も何度も経験があるんです。
クライアントから質問を受け、どう対応をしようかと思っているうちに日が経ち、クライアントから督促を受けてしまい、少しでも進めてから返事しようと思い、また日が経ち…

クライアントにとっては、監査人が悩んでいることなど分かりません。ちゃんと考えてくれているのか、忘れてしまったのか、反応する価値もないと思われているのか。

心の重荷を少し軽くするためにも、「申し訳ありませんがもう少し時間がかかりそうです」といった反応を即座にしましょう。
「いつまで待てばよいですか」と返ってきそうですが、「それも含めてもう少しお待ちください」と苦しいながらノーレスは避けましょう。
また、どうせなら督促が来るまでに連絡する方が、クライアントの心証も少しはよくなります。

監査チーム内での引き継ぎや情報共有

監査チームの各メンバーは割り当てられた業務を一人でこなすことが多く、しかもメンバーが入れ替わります。
その中で重複した依頼や質問を避けようとすると、方法は二つ考えられます。

  • すべての依頼や質問をエクセルなどでリストし、依頼・質問する前に必ずリストに載っていないことを確かめる

  • すべての依頼や質問を一人のメンバーが集約してクライアントに渡す

リストする方法は、記入やチェックに手間がかかります。その手間を惜しんで、依頼・質問をやめておこう、とならないか心配です。
一人に集約する方法は、そのために上級スタッフ以上の誰かの時間をかなり確保しないといけないでしょう。そんな人、たぶんいません。
また、これらを実行しても、重複はなかなかゼロにはなりません。たまたま経理の方が部屋にいらっしゃったときに質問するなど、漏れるものも出てきます。

今回の記事の目的は、「監査現場の負荷軽減」です。
クライアントの方々には意見を出させておいてたいへん失礼なのですが、本格的な問題解決はあとで考えましょう。(すいません!)
その代わり、監査現場では、クライアントから情報を入手したら、ほかのチームメンバーで必要な人がいないか分かる範囲で考え、その人に入手したことを知らせるようにしましょう。

クライアント内部の決算などのスケジュールを把握し、監査チーム内で共有する

決算のスケジュールは把握、共有されていることが多いと思います。
一度共有して終わりではなく、「今日が単体決算の確定日だよね」といったように確認しあうことが重要です。

また、年度や四半期の決算だけでなく、月次決算や年間の予算立案のスケジュールも把握しておくと、経理の方々が対応しやすいタイミングが計れます。

❷ 負担がかかる場合は、今の負担と将来の負担を比較しよう

ご意見の中には、監査チームの負担が大きく、「そんな時間ないよ」というものもあります。
ところが、今の時間を惜しんだために、近い将来にもっと時間をとられることもあります。今のうちに対応しておくことで、トータルでは時間が節約できるケースです。

クライアントへの依頼の仕方を工夫する

いただいたご意見の中に、どんな資料を依頼されているのかよく分からない、何を質問されているのかよく分からない、という声が意外と多くありました。

資料については、資料名が分かれば明記する。そうでない場合は、その資料が必要となった背景を含めて伝える。
質問は、漠然と聞かず、ピンポイントで何が聞きたいかを明確にする。

依頼するときにひと手間かけることで、行ったり来たりを減らすことができます。
これを「ラリーを減らす」と表現されていた方がいらっしゃいました。

手続を実施するタイミングを前倒しする

「監査人からの指摘が遅すぎる」というご意見は予想していましたが、やはりいくつかいただきました。

監査人としては、「監査意見を表明する瞬間までは、監査は終わっていない」と言いたいところです。
しかし、同じ指摘をする場合でも、クライアントにとって遅いタイミングになる場合、クライアントからより詳細な説明を求められたり、上層部を巻き込んで何度も打ち合わせする必要があったり、「本当に修正しないと意見が出せないか」と再検討したりして、結局かなり時間がかかってしまいます。
早いタイミングで検討し、早く指摘を出すことが時間の節約になります。

「早く検討しろって、そんな人手、どこにあるの?」と思われるかもしれません。しかし、監査意見日直前にも人手が潤沢にあるわけではないですよね? 同じ状況であれば、トータルの時間を節約できる方がよいのではないでしょうか。

監査チームの見解をしっかり固める

「監査チームの見解」を固めるために、どこまで話を通しておくかは、とても難しい問題です。

上(パートナーであれば審査、さらに本部)に相談せず、自分の判断でクライアントに回答するときには、次の二つの要素を考慮していると思います。
①判断に対する自信
②上を巻き込むことによりかかる負担
「会計士が10人いたら、まず10人ともこの見解だろう」と言えるような自信がある場合はよいのですが、問題はそうでない場合。
今上を巻きこむ負担と、あとでひっくり返ったときに発生する負担を比較する必要があります。

❸ 可能な範囲でクライアントからの信用を積み上げよう

人間関係、特にビジネス上の関係は、「信用」がすべての基礎となります。
信用は「ある」か「ない」かの二択ではなく、大小のレベルがあります。これを信用の「残高」と呼びましょう。

「信用残高」を増やす方法

これまでご説明した❶、❷は、基本的に信用の残高を減らさないための行動ですが、徹底することで残高を増やすこともできます。
例えば、監査チームメンバー全員のマナーが完璧な状態を継続できれば、信用の残高は徐々に増えていきます。

さらに積極的に信用の残高を積み上げることができれば、クライアントの協力が得られやすくなるでしょう。また残高を減らすようなことが起こっても、多少のことではゼロにならない関係を構築できます。
積極的な方法として、例えば次のようなことが考えられます。

  • 虚偽表示や内部統制の不備が発生する前に、リスクを早期に指摘して改善を促す

  • 監査の範囲を超えて、クライアントの困りごとを解決する

これらは、監査人の機能として期待されているものではありません。期待を超えることで、信用残高を大きくすることができるのです。

努力を「信用残高」に結び付ける

気をつけないといけないのは、信用残高はクライアントが認識しないと増えない、ということです。
いくら期待を超えるすばらしいサービスを行っていても、そのサービスをクライアントに認識され、さらにそれが本来の期待を超えていると理解されなければ、信用残高には影響しません。
このため、ある程度はアピールすることも必要です。

完璧なマナーを継続することも、困りごとを解決してあげることも、監査チームの負担になります。今の監査現場の状況では難しいかもしれません。
まずは、何が信用残高の積み上げにつながるかを意識し、可能な範囲で取り組むことでよいと思います。取り組めた場合は、ちゃんと信用残高に計上されるように動きましょう。

おわりに

今回の記事は、監査人の皆さまからも、監査を受けていただいている方々からも、ご批判、ご異論があると想像しています。ご意見をいただいて、見直していきたいと考えています。

なお、Twitterでの呼びかけに応じていただいた貴重なご意見のうち、ここで触れられなかったものがたくさんあります。
手元にはリストしていますので、別の機会に披露できればと考えています。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはTwitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま


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