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繰延税金資産の回収可能性について、会計に詳しくない社長に説明する方法

経理の皆さんも監査人の皆さんも、会計に詳しくない人に会計の説明をすることがありますよね? よく問題になり、絶望的に難易度の高いのが繰延税金資産の回収可能性の問題だと思います。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

アメリカ駐在時代、私は監査業務には関与せず、コーディネーター(またはリエゾン)が役割だったのですが、日本人社長に会計の説明をすることがありました。
現地の経理部長が社長への説明に苦労していたり、あるいは納得できない社長から直接依頼を受けることもありました。

そんなときに一番難しかったのが繰延税金資産の回収可能性の説明です。
がんばって説明すればするほど社長が遠い目になり、最後は根負けさせてお開きになることがしばしば。
まったく伝わった手応えなく、役に立てなかった自分に歯がゆい思いをする日々でした。

日本に戻ってからは中堅以上の上場会社への関与が多く、社内で説明いただいているので、「繰延税金資産とは」から説明をはじめる必要はなくなりました。

もし今、あのときのアメリカ子会社社長に説明するとしたら…
これが今回のテーマです。



前提

まずはいくつか前提を置きましょう。

  • 当社は、当期、決算期末まぎわに繰延税金資産の評価性引当金を多額に計上しないといけなくなった

  • 当社の社長は、当期は赤字になると耳にし、あまりの理不尽さに憤っている

  • 社長は営業出身のたたき上げで、財務諸表は見ているが簿記や会計の勉強はしたことがない

  • 社長は忙しいうえにせっかちなので、じっくり説明を聞くタイプではない

  • 私は当社のCFOで、社長の求めにより説明することになった


社長への説明

「結論から先に言え!」が口癖の社長なので、何が起こっているのかを先に説明します。
評価性引当金を計上した場合としない場合を比較した財務諸表を見せながら…

当社のB/Sには「繰延税金資産」という資産が計上されています。当期、これを多額に取り崩さないといけないかもしれないんです。
取り崩した金額は、P/Lの「法人税等調整額」に費用として計上されます。この結果、最終利益は赤字になる見込みです。

「繰延税金資産」「法人税等調整額」という勘定科目は目にしたことのある社長。しかし、失礼ながら税効果会計は理解されていません。
まず、繰延税金資産が何なのかの説明から。ここを聞いてもらえないと先に進めないので、早速正念場です。

繰延税金資産は何なのかが重要ですので、説明させていただきたいんですが、これは将来の節税効果を資産として上げたものなんです。

会計上は当期の費用なのに、税務上はもっと先の期でないと認められないようなことがあります。そんな場合、税引前利益は減りますが、税金は減らないので、両者が対応しなくなってしまいます。
そこで「法人税等調整額」で将来の節税額を取り込み、同じ金額の「繰延税金資産」を立てます。

ところが、将来、税務上の利益が出ないと、節税効果は消えてしまいます。将来の利益が見込めないと、この繰延税金資産は取り崩さないといけないんです。

社長はここまで我慢して聞いてくれましたが、そろそろ限界。
当社の話に戻します。

当社は仕入価格の高騰で損益トントンになり、もちろんリカバリープランを作って全社挙げてがんばってるんですが、将来利益が計上できるか不透明になったので、繰延税金資産を落とさないといけなくなりました。

「将来利益が計上できるか不透明に…」で社長の顔色が変わりました。
もうちょっと言葉を選ぶべきだったか… あわてて続けます。

監査法人から先ほど突然言われて、何とかならないかと折衝中です。
ただ、経理としてはもっと早く予測してお伝えするべきでしたので、このタイミングになり申し訳ありません。

いきなり頭を下げられて、社長は居心地が悪そうに「分かった、結果は報告するように」との一言で終了。

とまあ、現実にはこんなにうまくはいかないんでしょうけどね、きっと。


専門家でない人に話すときにやってはいけない7つのこと

少し前に、こんな記事を書きました。

「専門的なことを専門家でない人に話すときにやってはいけない7つ」とは、

❶ 現在地とゴールを明確にしない
❷ 何もかも全部説明しようとする
❸ 専門用語を多用する
❹ 完璧な正確さを求める
❺ 抽象的な説明に終始する
❻ 膨大な情報量を一方的に伝える
❼ ゴールにたどり着けているか、確かめない

この裏返しが「やるべきこと」になります。
上記の社長への説明を考えるときに、どのように意識したかを軽く振り返ります。

❶ 現在地とゴールを明確にする

説明する前の社長の現在地は、税効果会計のことをほとんど知らない、ということです。

ゴールは、社長に何か起こっているのか、を理解いただくこと。
監査法人との折衝はダメもとでやっているだけなので、最終的に社長に了解していただくための地ならしをすることです。

❷ 何もかも全部説明しようとしない
❻ 膨大な情報量を一方的に伝えない

会社分類、何年分のスケジューリングができるか、具体的にどの程度の課税所得が見込んでいるのかは説明していません。
おそらく一度に説明すると訳が分からなくなって不満が爆発していたことでしょう。

❸ 専門用語を多用しない

「費用と損金、収益と益金」「(将来減産)一時差異」「課税所得」といった用語を使いたくなるのですが、ぐっとこらえて避けています。

❹ 完璧な正確さを求めない

おそらく会計のプロフェッショナルである同志諸君(だれ目線?)にとっては、社長への説明は不正確で聞くに堪えなかったことでしょう。
不正確な点は、例えばこんなところでしょうか。

  • 繰延税金資産を「取り崩し」たり「落とす」のではなく、評価性引当金を計上する

  • 税効果が発生する要因としては、費用のタイミングだけでなく、収益のタイミング、繰越欠損金、繰越税額控除などがある

  • 節税効果は突然消えるのではなく、一旦繰越欠損金となり、その期限切れで消滅する

  • 税引前利益と税金費用の対応は繰延法と整合する考え方であり、現行の資産負債法とは異なる(諸説あるようですが)

ほかにもいろいろご批判はあるかと思いますが、要は厳密さを求めると伝わらなくなってしまうということです。

❺ 抽象的な説明に終始しない

税効果会計自体の説明はどうしても抽象的になりますが、できるだけコンパクトにしました。

❼ ゴールにたどり着けているか、確かめる

社長が最低限の理解を示したことを確かめて、説明を終えました。


おわりに

実際は、「現在地」の解像度をもっと高くして、説明を考えないといけないでしょうね。例えば、

  • 会計を知らないとはいえ、どこまで知っているか

  • CFOや経理をどの程度信頼しているか

  • 当期純損失になることが、会社にどの程度のインパクトがあるか

これら複雑な検討が必要になりますが、皆さんが説明をされるにあたって何かのヒントになればと思っています。
ぜひ皆さんの苦労話も教えていただけるとうれしいです!(税効果会計以外でも構いません)


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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