コロナ禍から生まれた「TERA WORK」。個人の生き方、お寺の在り方を見つめるきっかけを作りたい
窓の外には海が広がり、夏にはセミ、秋には鈴虫の声。本堂には自然のささやきが流れ込んでくる──。熱海のお寺「富西寺」には、これまで十数人が「TERA WORK」を利用するために足を運んでくれました。
6月に「TERA WORK」を立ち上げたのは、コロナ禍で変化する新しい生活様式や「働き方」への不安やストレスを、お寺が介在することで解消したいとの思いからでした。
「TERA WORK」とは、法事や行事がない時間帯にお寺を開放し、リモートワークをはじめ個人の仕事や活動に使いたい人とつなぐ取り組みです。立ち上げの経緯やこの数ヶ月動く中で見えてきたこと、そして改めて「TERA WORK」がどうありたいと考えているのかを、代表の水野がお話します。
役割過多で疲れた人々を、ちょっと楽にしたい
コロナ禍における自粛生活期、「家」の空間は一変しました。
生活、仕事、子育ての全てが同じ時間に、同じ空間に押し込まれたのです。多くの人はストレスや不安を抱えたのではないでしょうか。打開策として自宅近辺に働く場を設ける、シェアオフィスやコワーキングスペースを利用するという選択肢もありますが、コストもかかりエリアも限定されます。
そこへ、全国にコンビニの数よりも多く存在し、ローカルインフラともいえるお寺が介在することで、息苦しさが解消されたり、楽になる人がいるのではないかというのが取り組みの起点です。
ですが、なぜお寺がこうした取り組みをするのか、疑問に思われる方もいるかもしれません。これには私自身の経験が大きく影響しているので、順を追ってお話ししたいと思います。
「お寺の役割」を模索する数年間
静岡県熱海市のお寺「富西寺」の三姉妹の長女として生まれ、大学入学時に上京、卒業後は出版社で編集の仕事をしていました。仕事は忙しいけれど楽しいし、漠然とこのまま東京で働き、暮らしていくんだろうと思っていました。長女でしたが、お寺の後継問題についてはどこか他人事でした。
そんな私が、2014年に父が体調を崩したことで、初めてお寺に真剣に向き合うことになりました。
お寺は、現代では法事やお盆といった行事以外に訪れる機会がなくなってしまい、役割が形骸化している部分があります。ですが、もともとは地域コミュニティのハブ的な役割を果たし、文化が生まれる場としても機能してきました。
実家を離れて外に出たことで、お寺の豊かさや魅力を再認識したせいもあって、「時代に合わせた形でお寺の役割を捉えなおせたら、お寺はもっと面白くなるのではないか」と考えるようになり、実家のお寺を継ごうと決意したのです。
Uターンしてからは、お寺が日常生活と断絶している現状を変えようと、お寺でヨガやワークショップなどを行いましたが、次第に葛藤が生まれるようにもなりました。
「その先は何なのか?」「なぜお寺を身近に感じてもらう必要があるのか?」「そもそも、お寺の役割は?」という自問に、当時は明確な答えが見い出せなかったのです。
「働く」をより良くすることで「生」に寄り添う
ところが、ひょんなところから答えが見えてきました。
現在、熱海のまちづくりにも関わっていますが、入り口は「お寺が地域コミュニティのハブ機能を持つなら、まずは今の熱海を知らないといけない」と考えたからでした。
まちと関わるなかで、二拠点や起業、フリーランス、老舗企業の後継など多様な働き方をしている人に出会い、この人口3.6万人の小さなまちに生まれる多様な選択肢を知ってもらうことで、働き方や生き方に悩む人がちょっと楽になれたり、自ら動こうと思える機会が作れるのではないかと思うようになりました。
その延長として、2019年からは地域企業と首都圏人材を「複業」という働き方でつなぐ「CIRCULATION LIFE」を立ち上げ運営していますが、複業する人や、複業人材を受け入れる企業が、生き生きとやりたいことを実現する様子を目の当たりにし、「より良く働く」ことが「より良く生きる」ことにつながると確信したのです。
お寺は人の「死」に介在する場所ですが、裏を返せば死から「生」を感じる場所でもあります。先祖や故人に対面することは、自身と向き合う入り口でもあり、そもそも「悟」という字は、その字の通り「我を知る」という意味です。
であれば、自分が活動してきた人の「働く」をより良くすることから、人の「生」をより良くし、お寺として人の「生き死に」を支える存在になりたいと考えました。これまで動いてきた経験が蓄積してきて、ようやく私なりのお寺の方向性が見えた気がします。
お寺は「日常にいながら非日常を体感できる」場
立ち上げ時は「新しい仕事場の選択肢」と提示していましたが、利用いただいた方々はパソコン作業だけでなく、水彩画や読書など思い思いの使い方をされていました。共通して聞こえてきた声としては「集中(して仕事が)できた」「自分と向き合う時間が作れた」というものです。
「集中もリラックスもできて、自分に帰れる時間があった。定期的に行って自分をちゃんと取り戻したい」という利用者の方もいましたが、リモートワークの推奨で仕事も、家庭も、プライベートも切れ目なくごった煮になっているからこそ、「日常からの隔絶」や「非日常」を確保することは、想像以上に重要なのかもしれません。
今回のコロナショックで自身の働き方や生き方を問い直した人は少なくありません。「TERA WORK」は単なる仕事場としての機能だけではなく、お寺という“日常にありながらも非日常を体感できる”空間で「自分と向き合う時間」を取り、働き方や生き方を考えるきっかけづくりができるのではないかと考えています。
場所の開放、マッチングから始めていますが、今後は、利用される方が自分と向き合うためのプログラムの提供なども検討していきます。まずは気軽にお寺という場を体感してみてください。
「TERA WORK」を通じ、宗派横断型のつながりを作る
今回「TERA WORK」の立ち上げを表明したところ、お寺の今後を真剣に考えているお寺関係者から、宗派横断的にお問い合わせをいただきました(2020年12月現在、「TERA WORK」の加盟寺は、富西寺を含め静岡に2箇寺、北海道・山梨・和歌山が各箇寺の計5箇寺となっています)。
TERA WORKでは、そうした思いを持った加盟寺同士がつながり、考えや取り組みを気軽にチャットで共有しあえたり、定期的に顔を合わせる場(オンラインを想定)を設けていくほか、このnoteのメディアを通じて、業界内外横断的なコミュニケーションを生んでいこうと計画中です。
山梨県身延山にある「覚林坊」さんのインタビュー記事
人の生き死にを支えるミッションはありつつも、地域性やお寺の特性がぞれぞれ異なるため、「こうしましょう」という強要はありません。
先々、お寺が個々のあり方を考え実行していく必要があるなかで、目線を合わせ、思いを共有できる仲間は重要です。宗派を越えたつながりが、新たな挑戦をしていきたいお寺の方々にとって良い刺激となると共に、「安全地帯=心理的な支え」となっていけばと願っています。
自分自身、これからも変化したり動いていくなかで、ひとりだと心折れそうになることがあります。時には相談しあったり、時には認めあいながら、個々の挑戦につなげていけるような環境を作っていきます。
また、TERA WORKを通じて小さな一歩を踏み出すこと、檀家の方とはまた違う角度で地域内外のニーズや使い方の希望に触れる機会が生まれることも大きな価値だと感じています。
私は未だに東京での仕事を続け、二拠点や業界を横断した多様な人との関わりを通して、自分に“振り幅”をつける意識をしています。今後、お寺が人の生き死にに寄り添うのであれば、お寺側の人間も自身の幅を広げていかなければならないと考えているからです。
お寺側の人たちが宗派や地域、さまざまな垣根を越えて、多様な生き方に触れる機会も、TERA WORKを通じて作っていきたいことのひとつです。
お寺を次世代にどうつないでいくのか、今後どうあるべきかに危機感を抱いていらっしゃるお寺は少なくありません。「TERA WORK」の仕組みを利用いただくだけでなく、これからのお寺の在り方を一緒に考え、動いていく仲間とつながる場として育てていきたいと思っています。
取材・文:福田さや香、撮影:栗原洋平
・TERA WORKを利用したい方
・TERA WORKに加盟したいお寺の方
まずはお気軽にお問い合わせください。
水野綾子(みずの・あやこ)
TERA WORK主宰。熱海の寺院「富西寺」の跡取り。
1985年、熱海市生まれ。出版社で雑誌編集を経て、ベンチャー企業立ち上げに参画。PR、ブランド戦略、経営戦略などを経験。将来的に実家のお寺を継ぐため、2017年に家族で熱海に移住。東京での仕事を続けながら熱海のまちづくりにも関わり、二拠点、複業など「多様な働き方」を熱海から実践、発信中。熱海の企業と主に首都圏人材を「複業」でつなぐWebサイト「CIRCULATION LIFE」代表。2020年6月から、お寺と仕事場を探す人をつなぐサイト「TERA WORK」を立ち上げ運営する。