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令和に生きる50代

仕事柄、接客をする機会が多い。

同年代を生きてきた40代後半から50代の年代の人たちに多く感じられる事が一つ。

“自分本位”

漢字四文字で表すと、あっさりし過ぎかもしれない。

少々乱暴に言うとこうだ。

「人の話を聞かない」
「自分の価値観しかない」
「想像力に乏しい」
「優しくしている自分が好き」
「つまり優しいを演じるのが得意」

…あげたらキリが無いし、いやいやそれって人間そのものだし、50代に限った話でも無いよね?って指摘されるのは想像が容易い。

20代くらいの若い世代の人たちには、歳を重ねるとそうなりますよね、たぶん…とか話しているのを耳にするのだが、違うんだよな…むかしからなんだよ、って。

ちょうど平成時代に切り替わった頃に20代を過ごしてきた私にしてみると、昔々に同年代の人らに感じてきたことが、そのまんま現在も変わらず残っていると言う、悲しい…とか、笑ってしまう…といったものである。

バブルの恩恵を受けたとされる年代とか、簡単に言いすぎるけれど、まぁそのあたりか。

高校卒業したら大学に行くっしょ!
大学行ったらサークルっしょ!
で、合コンでしょ! 
って感じの若気の至りスリーコンボ。

当時の私は「大学行くより仕事が楽しい」という層に生きていたので、このコンボにできる限り関わらないように、慎ましく生きていたので、何かしらの機会に交わることがあると、苦痛苦行でしか無かった。

とはいえ別段、私が隠な生活を送っていたのか?と言えばそうでもなく、仕事してお給料もらって賃貸マンションに住んで、好きな物を食べ、好きな音楽を聴いて、舞台やライブに足を運び、それなりに恋愛みたいなこともして…と、むかしの言い方をすれば、勝ち組に含まれていたかとは思う(経済的な面だけに絞ると勝ち組とは言えないが…)

そんな私に、やれサークルの合宿に遊びに来ない?だの、合コン人が足りないから来てよ!だの、卒業アルバム見てイチロー(私)に興味ある子いるから来てよー、だの、まぁ声をかけてくるのだ。

そういう環境に馴染んでいる子らから見ると、大学にも行かずに、働いている私は“人生謳歌できてないじゃん”と、それが当たり前だし普通だから、そんな思考に迷いなんてない。

地獄そのものだ。

以上が、冒頭の話をする上でのベースとなる訳だが、人ってものは千差万別とはよく言われるが、実際のところ“とある層”の人たちは、シンプルに自分たちの生き方を普通だし当然と生きていて、それがスタンダードであると若い頃から信じきっているようで、私が若い頃に感じていた“こいつらとは解りあえる気がしない”という、ひたすら嫌悪感しか抱かない人間のままなのである。

歳を重ねていくと、意固地になりやすい、であるとか、「最近の若者は」のように、自分たちの当時を振り返りもせずに頭ごなしにぐちぐち話すといった、パターン化された思考の老い方ではなく、まんま、そのまんま、初老に向かおうとしているのだ。

もちろん、こんなことを書いている私自身も当時の思考から成長していないからこその嫌悪感ではあるから、変わらないことが不思議とも言い切れない身勝手さは、ある。 

とは言え、なかなかこれは面倒であるし、自分自身が想像していた、50代とのギャップが悩ましい。ある程度の達観というか、大人の余裕?というか(笑)そんなものが、なかなか、見えてこない。

身の丈以上の生活を送ることが、当たり前の世代ということも、影響あるのかも知れない。

50代になったら
週末ゴルフに行くっしょ!
まぁ外車乗るくらい普通だよね
いい加減リタイヤして遊びたいよね

偏見だらけだよね!とか、言われたら、うんそうだね。としか返せないけれど、20代は…30代になれば…40過ぎたら…のように、勝手に想像された年代イメージをなぞるような活動に勤しんでいる姿が、客観的にみて可笑しいし、羨ましくも感じたりする。そんな簡単に枠にはまるんだ、すごい!という話で。

もちろん、慎まやかに生きている人たちも沢山いるし、そちらの方が主流かも知れない。50代でも、まだまだ育児、子育てが大変であったり、親の介護などでプライベートな時間が皆無な人たちも、そりゃぁいる。当たり前だ。

そんな中であるからこそ、20代の頃と同じノリで生きているひとたちが目立ってしまうのかも知れないが、、、

お前さんそんな偉そうにする理由を聞かせておくれよ。みたいな大人たちを日常的に見てしまうと、本当にシンドイ。世の中への不平不満を声高くあげるよりも先に、身近な隣人たちに優しくしようよ、思いやろうよ、という話だ。

若気の至りを、そのまんま持ち越している人たちには、今すぐ捨てて欲しいし、別に気取るでもなく、我慢しろってわけでもない。

子育てしていた時に、よく言い聞かせていた内容になるけれど、挨拶はちゃんとしなさい、ありがとうの意識をもちなさい、という、そんな言葉を大切にしながら、初老を迎えたいものである。

「自分本位」とは、自分の意志を強く持ちながら、他人の気持ちを排除している姿である。

自分の生き方を貫くカッコよさには、他人への思いやりを失ってはいけないという話だ。



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